歴史上の人物

チュン姉妹:中国の支配に立ち向かったベトナムの英雄的な女戦士

チュン・チャク(Trưng Trắc)とチュン・ニー(Trưng Nhị)、いわゆる「チュン姉妹」(ベトナム語で Hai Bà Trưng、「二人のチュン夫人」の意)は、3年間にわたり中国軍の攻撃を退けたことで知られるベトナムの女性戦士です。二人は現在もベトナムにおいて国民的英雄として崇敬されています。

導火線となった出来事

姉のチュン・チャクと妹のチュン・ニーは、生年こそ不明ですが、ベトナム北部の地方長官の娘として生まれました。軍人一家で育った姉妹は、幼い頃から武芸や兵法に親しみ、戦いの心得を身につけていきました。やがてチュン・チャクは、別の長官の息子であるティ・サックと結婚します。

当時、紀元前111年に征服されたベトナムは中国の支配下に置かれていました。占領統治が重くのしかかるにつれ、姉妹はベトナム人たちが受ける時に過酷な仕打ちを目の当たりにしてきました。中国が南進を続ける中、夫ティ・サックは中国の同化政策に真っ向から反対します。反乱の芽を摘むため見せしめを求めた中国側は、彼を処刑しました。この死はチュン・チャクの怒りに火をつけ、大規模な反乱運動の引き金となったのです。

蜂起

西暦39年、チュン姉妹は自らの村から中国部隊を撃退することに成功します。その後、多くの女性たちからなる大規模な軍隊を組織し、中国軍との戦いへと踏み出しました。わずか数ヶ月のうちに国土の北部を解放し、数十もの城塞を攻略。国を治める立場となった姉妹は、3年以上にわたって敵の攻撃を退け続けます。しかし対する中国側も、彼女たちを打ち倒すために強大な討伐伐軍の編成を進めていました。

最後の戦いと不朽の遺産

決戦は西暦43年頃に行われました。伝説によれば、ベトナム貴族出身の将校フォン・ティ・チンは前線で出産したにもかかわらず、片腕に赤ん坊を抱き、もう一方の手には剣を握って戦い続けたといいます。しかしベトナム軍はついに敗北しました。敵の手に落ちることを良しとしなかったチュン・チャクとチュン・ニーは、ハット川に身を投げて自害したのです。フォン・ティ・チンもまた、我が子を抱いたまま自ら命を絶ったと伝えられています。

中国に対する抵抗運動の先駆けとなったチュン姉妹は、今日でもベトナムの国民的英雄として深く敬愛されています。数ある顕彰の中でも特に有名なのは、姉妹に捧げられた寺院の存在であり、さらに毎年、二人の最期を偲ぶ記念日として国民的な祝日が設けられています。