歴史上の人物

サルダール・パテルはアンベードカル博士の任命において重要な役割を果たした

サルダール・パテルはアンベードカル博士の任命において重要な役割を果たした

サルダール・パテルは、インド独立後の憲法制定という歴史的な事業において、制憲議会で極めて活発な役割を果たしました。その中でも特に重要な貢献とされているのが、ビームラーオ・ラームジー・アンベードカル博士を憲法起草委員会の委員長に就任させるよう、他の指導者たちを説得したことです。当時、アンベードカル博士に対する支持は必ずしも強くありませんでしたが、パテルは周到な働きかけによって賛同の空気を作り上げ、後に「インド憲法の父」と称される博士の起用を実現させました。

パテルが委員長を務めた重要な委員会

パテル自身もまた、制憲議会における中心的な存在でした。彼は以下のような数々の重要な委員会の委員長を務めています。

  • 少数派委員会
  • 部族委員会
  • 基本権委員会
  • 州憲法委員会

これらの委員会は、多民族・多宗教国家であるインドの統合と、市民の権利保障という憲法の中核的な課題を扱うものであり、パテルの政治的手腕が憲法づくりの土台を支えていたことが分かります。

州憲法モデルと知事の権限制限

パテルは制憲議会に州憲法のモデルを提示しました。このモデルの特徴は、州知事に与えられる権限を非常に限定的なものとした点にあります。

パテルの考えは明確でした。州知事は、いかなる場合であっても、住民の投票によって選ばれた政府の運営に干渉してはならない、というものです。これは、イギリス植民地時代に総督や知事が強大な権限を握っていた経験を踏まえ、民主的に選ばれた政府の自律性を守ろうとする意図によるものでした。

アングロ・インディアンの議席確保

さらにパテルは、大統領が議会に対して2名のアングロ・インディアン(イギリス系インド人)を指名できるという規定を設けました。これは、少数コミュニティの声も国政に反映させるという、パテルの融和的な政治姿勢を示す一例といえるでしょう。

このようにサルダール・パテルは、アンベードカル博士の起用をはじめ、憲法制定の各場面で決定的な役割を担い、近代インドの礎を築いたのです。