歴史上の人物

107. パテルはパキスタンへの5億5000万ルピーの支払いに反対した!

107. パテルはパキスタンへの5億5000万ルピーの支払いに反対した!

パテルが反対した「5億5000万ルピー」問題とは?

1947年のインド・パキスタン分離独立に伴い、インドはパキスタンへ財産分配金として総額7億5000万ルピー(75クローレ)を支払うことになっていました。しかし、カシミールをめぐるインドとパキスタンの武力紛争が勃発すると、インド政府は残りの5億5000万ルピー(55クローレ)の支払いを凍結する方針を固めます。

この凍結策を強く主導したのが、内務大臣ヴァッラブバーイー・パテルです。彼は「この資金はパキスタンによって、インドとの戦争、とりわけカシミールでの戦闘に使われる」と警告し、支払いに断固として反対しました。閣議でもパテルの提案が支持され、支払い見送りが事実上決定となります。

ガンジーの切り札――ハンスト宣言

ここで立ち上がったのがマハトマ・ガンジーでした。彼は「パキスタンにお金を渡さなければ、さらに激しい暴力や報復行動が引き起こされるだろう」としてパテルに真っ向から反論。そして、5億5000万ルピーがパキスタンに支払われるまで断食(ハンスト)を続けると宣言したのです。

「国家の父」として絶大な尊敬を集めるガンジーが命を懸けて訴えれば、世論と政治は動かざるを得ません。結果、閣内はガンジーの言葉を受け入れ、パキスタンへの支払いを承認せざるを得なくなりました。

主張が通らなかったパテルの無念

安全保障の観点からすれば理にかなった自分の主張が、道徳的権威の前で退けられたことは、パテルにとって大きな失望でした。この一件は、二人の関係に冷たい亀裂を生んだとも伝えられています。

ちなみに、支払い承認からわずか数日後の1948年1月30日、ガンジーはナートゥラーム・ゴードセーによって暗殺されます。ゴードセーは、パキスタンへの資金提供に代表されるガンジーの妥協的な姿勢に強い怒りを抱いていた人物でした。