ガンディーの決断と、パテルに託された使命
1930年3月12日、マハトマ・ガンディー(ガーンジー)は市民不服従運動の開始を宣言しました。その中心となったのが、サバルマティからダンディまで徒歩で行進し、塩法を破るという大胆な計画でした。この歴史的な「塩の行進(ダンディ・マーチ)」の成功責任を、ガンディーはただ一人の人物に託しました。それが、後に「インドの鉄の男」と称されるサルダール・ヴァッラブバーイー・パテルです。
グジャラート全土を揺るがした演説の数々
荷物をまとめたパテルは、直ちにグジャラート各地へ赴き、村から村へと歩き回りました。人々にダンディ行進の意義を伝え、市民不服従運動の重要性を力強く説いたのです。彼の雄弁な演説は瞬く間にグジャラート中に響き渡り、独立運動への機運を一気に高めました。
パテルは人々にこう呼びかけました。
「家から出て、自由の運動に身を投げよ。世界はお前たちに問うだろう――『お前は何をしたのか』と。」
「勇者の死を遂げよ」――歴史は砲声とともに作られる
さらにパテルは、農民たちに向かって次のように語りました。
「私は農民の皆さんに問います。あなたは神を信じますか、それとも自分自身を信じますか?生まれた者は必ずいつか死ぬことを、あなたは知らないのですか?誰ひとりとして、死から逃れることはできません。だからこそ、死ぬなら臆病者の死ではなく、勇者の死を選びなさい。大砲が撃たれ、飛行機から爆弾が落とされ、幾千もの人が命を落としたとき――そのときこそ、歴史は作られるのです。」
その日が訪れるための条件
「では、その日は私たちのもとに訪れるのでしょうか?それは、一人たりともグジャラート人が政府を支持しなくなったときにのみ、やって来ます。サバルマティの聖者(ガンディー)の言葉の真意を理解すれば、すべては容易くなるでしょう。今必要なのは、できるだけ多くの人々が進んで逮捕されることなのです。」