歴史上の人物

マリア・モシチカ(1896-1979)― ポーランド大統領の後妻となった波乱の人生

マリア・モシチカ(1896-1979)― ポーランド大統領の後妻となった波乱の人生

マリア・モシチカ(写真:パブリックドメイン)

マリア・モシチカとは

マリア・モシチカ(Maria Mościcka、1896年〜1979年)は、ポーランド第二共和国の大統領イグナツィ・モシチキ(在任:1926年〜1939年)の2番目の妻であり、同国のファーストレディを務めた人物です。旧姓はドブジャンスカ(Dobrzańska)で、1896年に生まれました。

最初の結婚とその破綻

1919年、マリアは軍人タデウシュ・ナグルヌィ(Tadeusz Nagórny)と結婚します。1926年には、夫が新たに就任した大統領イグナツィ・モシチキの副官に任命されました。しかし、この頃には夫妻の結婚生活はすでに名ばかりのものとなっていました。翌1927年、マリアは父の世話をするという名目で故郷へと去ります。

一方、タデウシュは重大なスキャンダルを引き起こしました。大統領に随行してポズナンを訪れた際、既婚者でありながらある女性に結婚を申し込み、さらに首都での新生活のための資金として彼女から大金を騙し取ったのです。事件が発覚すると政府は隠蔽工作を図りましたが、マリアはナグルヌィとの離婚を選びました。

ファーストレディの個人秘書に

離婚後、マリアは当時のファーストレディ、ミハリナ・モシチカ(Michalina Mościcka)に引き取られ、その個人秘書として仕えることになりました。彼女はミハリナの生涯最期の日まで、この職務を忠実に務め続けたといいます。

大統領との再婚が招いたスキャンダル

ファーストレディの死後、マリアは大統領の要請により、大統領官邸であったワルシャワ王城での勤務を続けました。ところがそのわずか3か月後、モシチキ大統領は彼女にプロポーズします。この出来事は大きなスキャンダルとなり、海を越えた海外の報道機関にまで取り上げられる騒ぎとなりました。

1933年10月、二人はアレクサンデル・カコフスキ枢機卿の司式による、ごく質素な挙式を挙げて結ばれました。

亡命生活と晩年

1939年、第二次世界大戦の勃発に伴い、モシチキ夫妻はポーランド政府とともにルーマニアへ退避しました。その後スイスへ移住しますが、イグナツィは給与と外交上の特権を剥奪され、夫妻は貧しい暮らしを強いられることになります。

元大統領イグナツィは1946年に亡くなり、マリアも1979年にこの世を去りました。マリアはその生涯を通じて、亡き夫の遺した功績と記憶を守り抜いたのです。