歴史上の人物

1881年〜1885年のアメリカのファーストレディは誰?ルクレティア・ガーフィールドの短い在任期間と生涯

1881年から1885年にかけてアメリカ合衆国のファーストレディを務めたのは、第20代大統領ジェームズ・A・ガーフィールド(James A. Garfield)の妻、ルクレティア・ガーフィールド(Lucretia Garfield)です。しかし、夫の在任がわずか数ヶ月で悲劇的に終わったため、彼女のホワイトハウスでの時間は歴代のファーストレディの中でも最も短いものの一つとなりました。

ルクレティア・ガーフィールドとはどんな人物?

ルクレティア・ガーフィールド(旧姓ルドルフ)は1832年4月19日、オハイオ州に生まれました。当時の女性としては珍しく高等教育を受けた知的な人物として知られ、文学や歴史に深い関心を持っていました。1858年にジェームズ・A・ガーフィールドと結婚し、夫妻は5人の子供に恵まれました。

わずか半年余りのファーストレディ生活

ジェームズ・A・ガーフィールドは1881年3月4日、第20代大統領として就任しました。しかし、その在任期間は1881年9月19日の死去までのわずか約6ヶ月半にとどまりました。そのため、ルクレティアが正式なファーストレディとしてホワイトハウスで過ごした時間も、他の多くのファーストレディと比べて非常に短いものとなったのです。

夫の銃撃と死

1881年7月2日、ガーフィールド大統領はワシントンD.C.の鉄道駅でチャールズ・ギトー(Charles Guiteau)によって銃撃されました。実はこのとき、ルクレティア自身もマラリアの療養中であり、夫の襲撃の知らせを受けて急遽ワシントンへ戻りました。大統領は2ヶ月以上にわたり苦しみ続け、同年9月19日に亡くなりました。ルクレティアはその最期まで夫に寄り添い、献身的に看病した姿が国民の深い敬意と同情を集めました。

晩年と遺された功績

夫の死後、ルクレティアはオハイオ州メンターにある自宅「レイクビュー農園」へ戻り、静かな余生を送りました。彼女は夫の書簡や文書の保存・整理に尽力し、それらは現在、貴重な歴史資料として残されています。また、夫を顕彰する記念館の整備にも貢献しました。1918年3月13日、85歳でこの世を去りました。

ルクレティア・ガーフィールドのファーストレディとしての在任期間は短かったものの、その知性と気品、そして夫への深い愛情は、アメリカの歴史において今なお語り継がれています。