
シャルル・ド・ロレーヌ(953年 - 992年)は、西フランク王ロテールの弟であり、カロリング朝の直系最後の男系男子として知られる人物です。
王位継承危機とユーグ・カペーの選出
987年、甥にあたる国王ルイ5世が後継者を残さないまま死去すると、王国は深刻な継承危機に直面しました。サンリスで開かれた諸侯の会議は、シャルルの王位請求を退け、代わりにユーグ・カペーを新王に選出します。ここにカペー朝が開かれることとなりました。
抵抗と一時的な成功
しかし、シャルルには依然として多くの支持者がついていました。彼は策略によって要塞都市ラオンを奪取し、そこで自らを国王と宣言しました。さらに、大司教アダルベロンの跡を継いだランス大司教アルヌールもランス市をシャルルに引き渡し、その勢力は大きく拡大しました。
裏切りと獄中死
ところが、シャルルはこのアルヌールの裏切りに遭うことになります。991年、アルヌールはシャルルとその息子ルイを捕らえ、ユーグ・カペー側へ引き渡したのです。シャルルはオルレアンの牢獄に幽閉され、そのまま獄中で生涯を終えました。
家系の断絶
シャルルの死後、その男子の子孫はほどなく絶えました。こうしてカロリング朝の直系は完全に途絶え、フランスの王権はカペー朝へと受け継がれていくことになります。