歴史上の人物

チルデベルト2世(570年〜596年)― メロヴィング朝オーストラシア王の生涯

チルデベルト2世(570年〜596年)― メロヴィング朝オーストラシア王の生涯

父シギベール1世の暗殺と王位継承

チルデベルト2世は、オーストラシア王シギベール1世とその王妃ブルンヒルド(ブルヌショー)の間に生まれた息子である。575年、父が異母兄弟のキルペリク1世によって暗殺されると、幼少のチルデベルトがオーストラシア王国の王位を継承した。

後見人の変遷とブルンヒルドの影響

父の死後、チルデベルトは最初、伯父にあたるブルグント王グントラムの養子となった。しかし、その後一時期は、父を殺害した張本人であるキルペリク1世の後見下に置かれるという複雑な状況に陥った。

だが母ブルンヒルドの強い影響力のもとで、チルデベルトは再びグントラムのもとへ戻ることとなる。両者は同盟を締結し、これによりブルグント王国とオーストラシア王国との間に強固な結びつきが生まれた。この同盟は、587年の「アンドロ条約」によって正式なものとして確認されている。

広大な領土を統べた治世

592年にグントラムが死去すると、チルデベルト2世はブルグント王国も相続し、オーストラシアとブルグントという二つの王国を統治する王となった。彼の治世下でメロヴィング朝の版図は大きく広がり、フランク王国の東半分を事実上支配する存在となった。

死後の王国分割

596年、チルデベルト2世は26歳の若さでこの世を去った。彼の死後、遺領は二人の息子たち――テウデベルト2世とテウデリク2世――によって分割され、それぞれがオーストラシアとブルグントを継承することとなった。