
ダヴー・ルイ=ニコラ(Louis-Nicolas d'Avout、1770年 - 1823年)は、「鉄の元帥」という異名で広く知られるフランス第一帝政の元帥です。厳格な規律と冷静な用兵で部隊を鍛え上げ、ナポレオン麾下でも屈指の実力者として恐れられました。
フランス革命期〜エジプト遠征
フランス革命期、ダヴーは敵陣へ寝返ろうとしたデュムーリエ将軍の阻止に動くなど、早くからその剛胆さを見せています。その後ボナパルト(後のナポレオン)に従ってエジプト遠征に参加し、騎兵旅団の指揮官として頭角を現しました。
アウステルリッツの戦い(1805年)
三皇会戦として名高いアウステルリッツの戦いでは、オーストリア軍を湿地帯へ誘い込む重要な役割を担いました。この作戦上の貢献は、ナポレオンの見事な勝利を支える一翼となりました。
アウエルシュタットの奇跡(1806年)
プロイセン戦役において、ナポレオン本隊がイェーナで戦っていた同じ日、ダヴーはわずか1個軍団でアウエルシュタットに布陣しました。ブランシュヴァイク公率いるプロイセン軍は、ダヴー軍のほぼ3倍という圧倒的な兵力でしたが、彼はこれを撃破し、軍歴における最大の栄光を手にします。この戦いは「アウエルシュタットの奇跡」と呼ばれ、軍事史に残る名勝負となりました。
無敗の帝国元帥
数多くの元帥の中で、ダヴーは唯一、一度も敗北を経験しなかった人物です。百日天下では陸軍大臣を務めるなど、その信頼は厚く、今日でもナポレオン最高の部将の一人として高く評価されています。