
ブルゴーニュ出身の若き軍人
ルイ・シャルル・アントワーヌ・デゼー(Louis Charles Antoine Desaix、1768年〜1800年)は、フランス革命戦争からナポレオン時代初期にかけて活躍した名将です。貧しい貴族の家に生まれた彼は、若くしてブロイ公爵の副官として軍歴をスタートさせ、その後はピシュグリュ、さらにオッシュ将軍のもとで頭角を現していきました。
ライン戦線での華々しい活躍
1796年のライン方面作戦において、デゼーは卓越した戦術眼を遺憾なく発揮します。とりわけカイザースラウテルンの戦いでは、劣勢にあったフランス軍を巧みな指揮で立て直し、「奇跡的な用兵」と称えられる活躍を見せました。その冷静沈着な指揮ぶりと兵への細やかな気配りから、部下の兵士たちは彼を親しみを込めて「恐れを知らず、非難されることなき戦士」と呼び、深い信頼を寄せました。
ナポレオンとの出会いとエジプト遠征
デゼーはボナパルト(後のナポレオン1世)と知己を得て、意気投合した二人はともにエジプト遠征へ赴きます。エジプトでは単なる武人にとどまらず、ファイユーム県の行政長官としても優れた統治手腕を発揮。公正で有能な行政により、占領地の安定化に大きく貢献しました。
マレンゴの戦い――勝利を決めた最期の突撃
1800年6月14日のマレンゴの戦いは、デゼーの生涯を飾る最後の舞台となりました。戦況が崩壊の危機に瀕していた午後、別働隊を率いて戦場に戻ったデゼーは、ナポレオンの窮地を救うべく即座に反撃を提案します。「この戦いにはまだ時間がある」という言葉とともに、彼は予備兵力を率いて決死的な突撃を敢行しました。
この猛攻によってオーストリア軍の陣形は崩壊し、敗色濃厚だった戦局は一変してフランス軍の勝利が確定します。しかしデゼー自身は、突撃の先頭に立っていたところを銃弾に倒れ、そのまま戦死しました。享年31歳。ナポレオンは彼の死を深く悼み、マレンゴの英雄としてその名を永く記憶することとなりました。