無一文のワルター(ゴーティエ・サンザヴォワール)とは
ゴーティエ・サンザヴォワール(Gauthier-sans-Avoir)は、フランス・イル=ド=フランス地方のポワシー(Poissy)の領主です。「無一文のワルター(Walter the Penniless)」という別名でも広く知られています。
名前の由来と十字軍参加の動機
その名が示すとおり、彼は大きな所領も領主的な権限も持たない小貴族でした。こうした立場こそが、彼を十字軍への参加へと駆り立てた要因だと考えられています。1096年、教皇ウルバヌス2世の呼びかけによる第1回十字軍が始まると、説教者ペトルス(隠修士ピエール)とは別に、ゴーティエは主にフランク人からなる一団を率いて東方への遠征に出発しました。
民衆十字軍の悲劇的な結末
ゴーティエの一団は比較的規律を保ちながら進軍し、コンスタンティノープルへと到達しました。しかし、その後ボスポラス海峡を渡ってアナトリア(小アジア)に侵入すると、ルーム・セルジューク朝のスルタン、クルチ・アルスラーン1世の軍勢と衝突します。同行者の大半はビザンツ帝国の地に足を踏み入れる前に命を落とし、ゴーティエ自身も1096年10月、ニカイア近郊におけるトルコ軍の待ち伏せ攻撃によって戦死しました。
彼の死は、本格的な大諸侯の十字軍が到着する前に行われた「民衆十字軍」の悲劇を象徴する出来事として、後世に記憶されることとなりました。