ユーグ・ラベ(Hugues l'Abbé、? - 886年)は、西フランク王国において最も影響力を持った貴族の一人です。強健王ロベール(ロベール・ル・フォール)の娘婿として結ばれた縁を通じて、彼は王国政治の中枢に深く関わっていくことになりました。
ロベール家の後見人として
強健王ロベールが死去すると、ユーグはロベール家の所領を継承し、王国随一の大貴族としての地位を確立しました。同時に彼は、ロベールが遺した二人の幼い息子、ウードとロベールの監護・後見を担い、兄弟の成長と教育を見守る重要な役割を果たしました。
王家の顧問としての活躍
ユーグはまず西フランク王ルイ2世(吃音王)の顧問となり、その死後には若くして即位したルイ3世とカルロマン2世の二人の王を支え続けました。さらに884年、両王の相次ぐ死によって王位が空位に陥ると、彼は東フランク皇帝カール3世(肥満王)を西フランクに迎え入れ、混乱しがちな王国の政局を安定させる調整役を務めました。
後世への遺産
ユーグ・ラベは自らの立場と影響力を巧みに活かし、ウードとロベールという二人の青年の将来の台頭に向けて着実な準備を進めました。この二人は後にそれぞれ西フランク王として即位することになります。ユーグの功績は、やがてカペー王朝へとつながるロベール家隆盛の礎を築いたものとして、中世フランス史において重要な意味を持っているのです。