軍人としての歩み
ジョルジュ・ブーランジェは1837年、フランス西部の都市レンヌに生まれました。17歳で陸軍士官学校サン・シールに入学し、その後数々の軍事作戦に従事します。1880年には同期の中で最年少の将軍に昇進し、その才能を大きく開花させました。
政界入りと「復讐」の象徴へ
彼が政界に足を踏み入れたのは1886年、陸軍大臣に任命されたときでした。ドイツに拘束されていたフランス人官吏の解放に成功するなど活躍を見せ、1870年の普仏戦争での敗北によって深く傷ついた国民の「対独復讐」感情を体現する存在として、一躍時の人となります。
ブーランジスムの台頭
1887年5月、新政権の発足に伴い陸軍大臣を罷免されたことが契機となり、「ブーランジスム」と呼ばれる政治運動が形成されました。この運動には社会主義者、急進派、ボナパルティストなど、きわめて多様な政治勢力が参加し、「ナショナリズム(自国への帰属意識を高揚させる政治原理)」という中心的価値のもとに結集していきます。
頂点からの転落
政治・経済危機を背景に、ブーランジェの人気は1889年1月にピークに達しました。パリで行われた議会選挙において57%の得票率で圧勝したのです。支持者たちはクーデターによってエリゼ宮(大統領府)を奪取するよう促しましたが、彼は決断を下せず、ベルギーへと逃亡します。その後、国家に対する陰謀罪で有罪判決を受けたブーランジェは、1891年9月、愛人の墓前で自ら命を絶ちました。
基本情報
生没年:1837年~1891年
職業:軍人・政治家