歴史上の人物

バルジの戦い(アルデンヌ攻勢)に参戦した国と主要部隊を徹底解説

バルジの戦いとは

バルジの戦いは、第二次世界大戦末期の1944年12月16日から1945年1月末にかけて、ベルギーとルクセンブルクにまたがるアルデンヌ地方で行われた大規模な戦闘です。ドイツ軍が西部戦線で最後に仕掛けた大攻勢であり、連合軍の防衛線に大きな「突出部(バルジ)」が生じたことからこの名前が付けられました。

この戦いには多数の国と部隊が関与しました。以下、連合軍と枢軸軍に分けて詳しく見ていきます。

連合軍(Allies)側の参战国

アメリカ合衆国

バルジの戦いにおける主力は圧倒的にアメリカ軍でした。ブラッドリー将軍率いる第12軍集団傘下の第1軍(ホッジス中将)と第3軍(パットン中将)が中心となり、包囲されたバストーニュでは第101空挺師団が有名な「降伏するのか?」というドイツ軍の要求に対し「Nuts!(とんでもない!)」と答えた逸話でも知られています。アメリカ軍は約60万人の兵力を投入し、約8万人の死傷者を出すなど、この戦いで最大の犠牲を払いました。

イギリス

モントゴメリー元帥率いる第21軍集団が北方の防衛を担当し、第30軍団がマース川の防衛線を固めました。イギリス軍は直接的な戦闘参加は限定的でしたが、戦線の安定化に重要な役割を果たしました。

フランス

フランス軍部隊も後方警備や支援任務に従事し、連合軍全体の作戦を支えました。

ベルギー

戦場となったベルギーでは、民間人が多大な被害を受けました。また、ベルギー人抵抗運動や現地の支援が連合軍の作戦を助けました。

ルクセンブルク

南部の戦域となったルクセンブルクも戦火に巻き込まれ、同国の領土が主戦場の一つとなりました。

カナダ

カナダ軍部隊は予備戦力として待機し、戦線維持の重要な後ろ盾となりました。

オランダ

オランダからの部隊・資源の協力もあり、連合軍の総合力を高めました。

枢軸軍(Axis)側の参戦国

ドイツ

攻勢を実行したのはナチス・ドイツただ一国でした。ヒトラーが自ら構想したこの作戦は、モデル元帥指揮下のB軍集団が実行しました。主力は以下の3個軍です。

  • 第6装甲軍:ザイク・ディートリッヒ親衛隊上級大将が指揮し、北翼の主攻撃を担当
  • 第5装甲軍:マンティューファル装甲兵上将が指揮し、中央で最大の突破に成功
  • 第7軍:ブランデンベルガー砲兵大将が指揮し、南翼を掩護

悪天候を利用して航空優勢を無効化し、アメリカ軍の不意を突くことに成功しましたが、燃料不足と連合軍の粘り強い抵抗により、最終的には作戦目標であるアントウェルペンの確保に失敗しました。

まとめ

バルジの戦いは、アメリカ軍が中心的役割を担いつつ、イギリス・カナダ・フランスなどの連合国が支え、対する枢軸側はドイツ一国が最後の賭けとして挑んだ戦いでした。この戦いでのドイツ軍の消耗は決定的であり、その後の連合軍によるドイツ本土進撃への道を開くことになりました。