歴史上の人物

ユーグ・カペー(Hugues Capet)――カペー朝フランスの創始者

ユーグ・カペーとは

ユーグ・カペー(Hugues Capet、941年頃~996年)は、フランスにおけるカペー朝の初代国王です。神聖ローマ皇帝オットー1世の姪にあたるザクセンのヘートヴィヒと、「フランク公」ユーグ大公の間に生まれました。

「カペー」というあだ名は、彼が在俗修道院長(聖職者ではない一般人が修道院を統括する役職)を務めていたサン=マルタン修道院に伝わる、聖マルティヌスの外套(カープァ)にちなんだものと言われています。

987年の王位選出

ランス大司教アダルベロンの支持を受け、ユーグは987年7月1日、フランク王国の有力諸侯(グラン)による会議で国王に選出されました。この選出では、カロリング朝の正統な血を引く下ロタリンギア公シャルル(通称:ロレーヌ公シャルル)ではなく、実力と人望を備えたユーグが優先されたのです。

権力基盤と戴冠式

ユーグ・カペーの家系はきわめて由緒あるものでした。960年に父から「フランク公」の称号を継承し、その強力な家臣団にはアンジュー伯、ブルゴーニュ公、ノルマンディー公といった大貴族が名を連ねていました。彼らは、ユーグの保護と引き換えに服従を誓う関係にありました。

戴冠式は987年7月3日、ノワイヨン大聖堂で執り行われています。

治世の課題――交渉と戦い

しかし、ユーグの直轄領は決して広大ではなく、周囲には強力な諸侯がひしめいていました。ユーグは巧みな外交交渉を重ねる一方で、ロレーヌ公シャルル(991年に投獄)、神聖ローマ皇帝オットー2世やオットー3世、さらにはブロワ伯ウードなど、多くの敵対勢力との戦いを余儀なくされました。

それでもその治世においては、農業技術の進歩がもたらす国の繁栄が見られました。

カペー朝確立の功績

ユーグ・カペーの最大の功績は、生前の987年に長男ロベール2世を共同王として戴冠させたことにあります。これにより王朝の世襲が確立され、王国の分裂を未然に防ぐことに成功しました。

こうして誕生したカペー朝は、男子長子相続制(第一子の男子が優先的に相続する制度)に基づく選挙と世襲を併せ持つ体制として、その後数百年にわたって存続し、フランス王国の版図拡大と安定を支える揺るぎない基盤となったのです。

基本情報

  • 生没年:941年頃~996年
  • 身分:国家元首
  • 称号:フランク王
  • 在位期間:987年~996年
ユーグ・カペー(Hugues Capet)――カペー朝フランスの創始者