チャールズ2世の治世にロンドンを襲った2つの大災害
17世紀後半、イングランド国王チャールズ2世の治世(1660年〜1685年)に、ロンドンはわずか1年ほどの間に二つの壊滅的な災害に見舞われました。それが「ペスト大流行」と「ロンドン大火」です。
1. ロンドンペスト大流行(1665年〜1666年)
1665年に始まったペストの大流行は、推定10万人もの命を奪いました。これは当時のロンドン人口の約4分の1に相当する、驚異的な数字です。原因とされるのは、ネズミに寄生するノミが媒介する細菌「ペスト菌(Yersinia pestis)」です。
当時のロンドンは街路が狭く人で混み合い、衛生状態も極めて劣悪だったため、感染は瞬く間に全市へと拡大しました。死者が急増して墓地は埋まり尽くされ、罹患者は家ごと隔離され、富裕層や宮廷の人々までもが地方へ避難するなど、街全体が恐怖と混乱に包まれました。
2. ロンドン大火(1666年)
ペスト流行からわずか1年後の1666年9月、今度は大火災がロンドンを直撃しました。火災はパン屋から出火し、狭い路地と木造建築が立ち並ぶ市街を猛烈な勢いで焼き広げました。
炎は4日間燃え続け、13,000棟を超える住宅のほか、聖ポール大聖堂を含む多くの教会や建物を灰燼に帰しました。皮肉なことに、この大火によって汚染された区域が焼失した結果、ペストの流行は事実上終息したとも言われています。
災害がもたらした変化
焼け跡からの再建では、延焼を防ぐためレンガや石造りの建築が奨励され、建築家クリストファー・レン卿による新しい聖ポール大聖堂など、近代的なロンドンの街並みが形づくられていきました。
まとめ
チャールズ2世の治世におけるこの二つの災難――10万人の犠牲を出したペスト大流行と、市の大半を焼き尽くしたロンドン大火――は、ロンドン史上最も苦難の時代でしたが、同時に都市の衛生環境・建築様式・都市計画が大きく進化する転機ともなりました。