第一次世界大戦で戦死したイギリス貴族の若き将校たち
第一次世界大戦(1914年~1918年)では、イギリスの名門貴族の子弟もこぞって軍に志願し、最前線へと送られました。最高のエリート教育を受けた彼らの多くが、20代前半という短い人生を祖国のために捧げることになりました。ここでは、ソールズベリー侯爵家、デヴォンシャー公爵家、ハードウィック伯爵家から戦場に赴き、帰らぬ人となった三人の将校を紹介します。
ロバート・アーサー・ジェームズ・ガスコイン=セシル中尉(第5代ソールズベリー侯爵)
ロバート・アーサー・ジェームズ・ガスコイン=セシル(1893年10月23日 – 1916年4月23日)は、第4代ソールズベリー侯爵ジェームズ・ガスコイン=セシルとその妻レディ・シシリー・ゴア(第5代アラン伯爵アーサー・ゴアの長女)の長男として生まれました。
イートン・カレッジを経てオックスフォード大学ニュー・カレッジで学んだ後、1915年にグレナディアガーズ(擲弾兵近衛連隊)に入隊し、西部戦線へ派遣されました。1916年4月23日、西部戦線での戦闘により戦死。享年22歳でした。
エドワード・ウィリアム・スペンサー・キャヴェンディッシュ中尉(ファーネスのキャヴェンディッシュ子爵)
エドワード・ウィリアム・スペンサー・キャヴェンディッシュ(1895年3月12日 – 1916年7月4日)は、第9代デヴォンシャー公爵ヴィクター・キャヴェンディッシュとその妻レディ・イヴリン・フィッツモーリス(初代フィッツモーリス男爵エドマンド・フィッツモーリスの娘)の長男です。
イートン・カレッジおよびケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで学び、1914年にコールドストリームガーズ(近衛歩兵第2連隊)へ入隊して西部戦線に赴きました。1916年7月4日、開始から間もないソンムの戦いで戦死。21歳という若さでした。
チャールズ・アレグザンダー・ヨーク大尉(ザ・オナラブル)
チャールズ・アレグザンダー・ヨーク大尉(1899年12月11日 – 1917年9月25日)は、第7代ハードウィック伯爵ジョン・ヨークとその妻レディ・メアリー・サマセット(第9代ビューフォート公爵ヘンリー・サマセットの娘)の次男として生まれました。
イートン・カレッジを卒業後、サンドハースト王立陸軍士官学校で学び、1915年にグレナディアガーズに入隊して西部戦線へ向かいました。1917年9月25日、パッシェンデールの戦い(第三次イーペル会戦)で戦死しました。わずか17歳でした。
若きエリートたちの犠牲が残したもの
三人はいずれも名家の跡取り、あるいは将来を嘱望された若者でした。彼らの早すぎる死は、当時のイギリス上流社会に深い喪失感をもたらしたといわれています。第一次世界大戦では、イートン校やオックスブリッジ出身のエリート階層からも数多くの犠牲者が発生しており、この戦争がもたらした悲劇の大きさを今に伝えています。