歴史上の人物

1917年のロシア、大多数の人々はどんな仕事に従事していたのか?

1917年、ロシア革命が起きた頃のロシア社会において、大多数の人々は農業に従事していました。当時の労働人口のおよそ85%が農業関連の仕事に携わっており、ロシアが典型的な農業国であったことを物語っています。

農業が支えたロシア経済

農村部に暮らす農民たちは、穀物の生産や家畜の飼育などを通じて自給自足に近い生活を送っていました。1861年の農奴解放以降も、多くの農民は小規模な土地での耕作を続け、農村共同体(ミール)を単位とした伝統的な暮らしを守っていたのです。

工業・鉱業従事者は約10%

一方、工業や鉱業に従事していたのは労働人口の約10%にとどまっていました。とはいえ、ペトログラード(現サンクトペテルブルク)やモスクワなどの大都市では工場労働者(プロレタリアート)が急速に増加しつつあり、彼らは後の革命運動において重要な役割を果たすことになります。

サービス業はわずか5%

残りの約5%の人々は、商業、運輸、政府行政といったサービス業に就いていました。官吏、商人、鉄道員などがこれに該当しますが、その割合は現代の先進国と比べると非常に小さいものでした。

まとめ

このように1917年のロシアは、圧倒的多数が農業に依存する社会でした。こうした経済構造こそが、貧しい農民層と少数の労働者階級からなるロシア特有の社会状況を生み出し、同年に起こった二月革命や十月革命の背景となったのです。