歴史上の人物

バイユーのタペストリーを作成するために使用された刺繍の形式とは?

バイユーのタペストリーは、1066年のノルマン・コンクエスト(ノルマンディー公ウィリアムによるイングランド征服)を描いた中世美術の傑作として知られています。しかし意外にも、「タペストリー」という名前を持ちながら、これは織物ではありません。その正体は、亜麻布の上に色付きの毛糸を刺して仕上げられた、巨大な刺繍作品なのです。

バイユータペストリーを支える2つの刺繍技法

バイユータペストリーの制作には、主に次の2つの刺繍技法が用いられました。

1. ステム・ステッチ(輪郭刺し)

短い刺し目を線状に連ねていく技法で、人物や馬、船、建物などの輪郭や、髪や表情といった細部の描写に使われました。全長約70メートルにおよぶ壮大な物語が、この流れるような一本の線によって生き生きと表現されています。

2. レイド&カウチング・ワーク(バイユー・スティッチ)

糸を面全体に渡しておき、一定の間隔で小さな押さえ糸で固定していく技法です。衣服や鎧、背景などの広い面を効率よく色で埋め尽くすために用いられ、作品全体に豊かな装飾性と立体感を与えています。

「オプス・アングリカナム」との違い

バイユータペストリーは「オプス・アングリカナム(opus anglicanum)」という針仕事の技法で作られたと説明されることがありますが、厳密にはこれは誤りです。オプス・アングリカナムとは、12世紀から14世紀にかけてイングランドで栄えた、絹糸や金銀糸をふんだんに使った豪華な刺繍技法のことで、主に祭服などの宗教用品の装飾に用いられました。毛糸による刺繍であるバイユータペストリーとは、使用される素材も技法も異なる別の様式です。

いずれにしても、バイユータペストリーは11世紀のイングランドとノルマンディーにおいて、刺繍という工芸がいかに高度な水準に達していたかを今に伝える、記念碑的な作品だといえるでしょう。