1877年から1938年という時代に名を馳せた人物として、まず挙げられるのがジャワーハルラール・ネルー(1889年-1964年)です。彼は後にインド初代首相となる、インド独立運動の中心的存在でした。
ネルーのプロフィール
ジャワーハルラール・ネルーは1889年11月14日、当時イギリス領だったインドのアラーハーバードに生まれました。裕福な家庭に育ち、イギリスのハロー校やケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで教育を受けた後、弁護士としてのキャリアをスタートさせます。
独立運動での台頭(1877年~1938年)
ネルーが歴史の表舞台に登場するのは、マハトマ・ガンディー率いるインド国民会議派の独立運動に参加してからのことです。ガンディーの非暴力・不服従の思想に深く共感し、塩の行進をはじめとする主要な運動に関わるようになりました。
1929年には国民会議派の議長に就任し、ラホール大会において「完全な独立(プールナ・スワラージ)」を掲げる決議を採択します。この頃までに、ネルーは若き指導者としてインド全土にその名を知られる存在となっていました。
その後の歩みと遺産
イギリス当局によって何度も投獄されながらも、ネルーは独立運動の最前線であり続けました。そして1947年、インドが独立を達成すると、彼は同国の初代首相に就任します。以降、1964年に亡くなるまでの約17年間、民主主義と世俗主義を基盤とした近代インドの礎を築き上げました。
また、娘のインディラ・ガンディーや孫のラジーブ・ガンディーも後に首相を務めており、いわゆる「ネルー=ガンディー王朝」と呼ばれる政治的伝統の起点となったことでも広く知られています。