8月とアウグストゥス
現在使われている暦で8月が「August(アウグスト)」と呼ばれるのは、初代ローマ皇帝アウグストゥス(Augustus)にちなんだものです。この記事では、ローマ帝国の礎を築いたアウグストゥスの生涯と功績を紹介します。
カエサルの後継者として
アウグストゥスはローマ帝国の初代皇帝です。ガイウス・ユリウス・カエサルの大甥であり、養子でもありました。本来の名はオクタウィアヌス(Octavian)といいます。カエサル暗殺後、オクタウィアヌスはマルクス・アントニウス(マーク・アントニー)およびレピドゥスとともに第二回三頭政治(トリウムウィラート)を結成し、ローマ世界を三分して統治しました。
アクティウムの海戦で覇権を確立
紀元前31年のアクティウムの海戦での勝利により、彼はライバルだったマルクス・アントニウスとレピドゥスを完全に排除し、陸と海の唯一の支配者となりました。この勝利によって、クレオパトラが治めるエジプトもローマに併合されることになります。
「アウグストゥス」の称号と元首政の確立
紀元前27年、元老院は彼に神聖な称号「インペラトル・カエサル・アウグストゥス」を授けました。こうしてオクタウィアヌスは「アウグストゥス」と呼ばれるようになります。彼は共和政の伝統を装いながら、実質的には君主制である「元首政(プリンキパトゥス)」を確立し、あらゆる権力を手中に収めてローマの再編を進めました。
改革と「ローマの平和」の時代
アウグストゥスは軍事制度、司法、行政を改革し、その支配をヨーロッパから中東に至る広大な地域へと拡大しました。その治世には「ローマの平和(パックス・ロマーナ)」と呼ばれる安定した時代が訪れ、芸術や文学が大きく花開きました。彼は後世のすべての皇帝にとって揺るぎない模範となり、その存在はかつてのアレクサンドロス大王にも匹敵するものでした。
生誕:紀元前63年9月23日
死去:西暦14年8月19日

肩書き・地位
- 軍人
- ローマ皇帝