本演習では、1928年にハサン・アル=バンナー(Hassan al-Banna)によって設立された国際組織「ムスリム同胞団」をめぐる選択式問題を4問用意しました。各問の後半に正解と丁寧な解説を掲載しています。中東政治や現代イスラム思想の基礎を確認するのに最適な教材です。
問題
問題1:ムスリム同胞団が世界の注目を集めたきっかけ
ムスリム同胞団(イスラム同胞団とも呼ばれます)は、1928年にハサン・アル=バンナーによって設立された国際組織です。近年、この組織が世界中のメディアで大きく取り上げられるようになったきっかけは、次のうちどれでしょうか。
a) サッダーム・フセインの失脚。同氏はこの組織を弾圧していた。
b) レバノンとイスラエルの戦争。
c) パレスチナ解放機構(PLO)による「神の怒り作戦」。
d) アラブの春。
e) プラハの春。
問題2:エジプトの地政学的状況(ESPM)
「モルシーの勝利は、ムスリム同胞団という組織の結束力を試すものとなった。この組織は、存在期間の大半をナセルとムバーラク両政権による非合法化のもと、潜伏して過ごしてきた。エジプトの政治に参加するための戦略として、地方選挙でメンバーを小規模な政党に送り込み、少しずつ議会内で多数派を形成することに成功していった。続いてサラフィー主義者たち――イスラムの厳格な正統性に基づく改革主義路線で、現在では国内第2の政治勢力――がこれに加わった。2011年にムバーラク政権が崩壊したとき、この組織は最も組織化された勢力であり、自由公正党(FJP)の創設によって選挙に備えていたのである。」(出典:「Uncertain Future」Letter at School誌、2013年8月号)
上記の文章で言及されている国(エジプト)の地政学的状況について、正しい記述はどれでしょうか。
a) モハメド・ムルシー大統領の失脚後に権力を握った軍事政権は、ムスリム同胞団と結びついている。
b) 同国はOPEC加盟国であり、そこで深刻化する政治危機は、新たに選出された大統領の政権を支援する西側諸国にとって懸念材料となっている。
c) スエズ運河はこの問題の要であり、ムバーラクによって進められたその国際化こそが、不満を抱いたエジプト国民が大統領を打倒した主な理由である。
d) ムスリム同胞団と結びついたモハメド・ムルシー大統領は、エジプト初の民主的に選出された大統領であったが、任期を全うすることができなかった。
e) ムスリム同胞団はモハメド・ムルシーを通じて政権を握ったものの、議会で多数派を形成できず、それが大統領弾劾につながった。
問題3:オサマ・ビンラディンとサイイド・クトゥブ
2001年9月11日の同時多発テロを組織したアルカイーダの指導者オサマ・ビンラディンには、ムスリム同胞団のメンバーが知的な師として存在したとされます。また、イスラム系テロ組織の多くの指導者は、ムスリム同胞団の主要イデオローグであるサイイド・クトゥブ(Sayyid Qutb)の著作を読み、そこから着想を得てきました。これらの記述から正しいと判断できるのは、次のうちどれでしょうか。
a) クトゥブの思想には、西洋世界に反対する立場は一切含まれていなかった。
b) ムスリム同胞団は民主的な組織であり、自由の擁護者である。
c) ビンラディンは、ムスリム同胞団から民主主義的な思想を吹き込まれていた。
d) イスラム・テロリズムは、ムスリム同胞団とは無関係である。
e) イスラム・テロリズムは、ムスリム同胞団と直接結びつけて捉えることができる。
問題4:クトゥブの「ジャーヒリーヤ」概念
研究者ローレンス・ライト(Lawrence Wright)によれば、ムスリム同胞団の主要イデオローグであるサイイド・クトゥブは、「ジャーヒリーヤ(jahiliyya)」という概念を次のように定義しています。
「[...]それは、預言者ムハンマドが神の啓示を受けた以前の、無知と野蛮の時代を指す。クトゥブはこの用語を、現代生活のあらゆる側面――習慣、道徳、芸術、文学、法、さらにはイスラム文化と見なされてきたものの多く――にまで及ぶものとして用いた。彼が反対していたのは現代技術そのものではなく、科学の崇拝であった。科学崇拝は、人類を被造物との自然な調和から遠ざけたと彼は考えていた。西洋の合理主義と価値観からの完全な決別だけが、イスラムの救済への一縷の希望をもたらすと彼は確信していた。ここにあるのは選択である。純粋で原初的なイスラムか、さもなくば人類の衰退か。」(WRIGHT, Lawrence. The Looming Tower: Al-Qaeda and the Road to 9/11. São Paulo: Companhia das Letras, 2007. p. 29.)
この引用から読み取れるように、クトゥブの思想は何から生まれたものでしょうか。
a) イスラム民主主義の視点。
b) 中東における科学的思考。
c) 現代的なイスラム急進主義。
d) 純粋で平和的なイスラムの回帰。
e) 西洋世界への理解の開放。
解答と解説
問題1の解答:D(アラブの春)
2011年から2012年にかけて発生した「アラブの春」により、ムスリム同胞団は一躍脚光を浴びることになりました。中東・北アフリカ各地で相次いだ反政府蜂起のいくつかに、この組織が深く関与していたことが大きな要因です。
問題2の解答:D
民主的な選挙で選出されたとはいえ、モルシー大統領はムスリム同胞団が掲げる政治的・宗教的信条を体現する存在でした。同団は、イスラムの原初への回帰やシャリーア(イスラム法)の施行などを主張しています。こうした姿勢がエジプト国民の反発を招き、大統領は辞任に追い込まれたのです。
問題3の解答:E
アルカイーダやIS(イスラム国)といったテロ組織は、サイイド・クトゥブをはじめとするムスリム同胞団のイデオローグから、直接・間接に影響を受けた人物たちに率いられています。ムスリム同胞団はイスラムの急進化を推し進め、ムスリム(イスラム教徒)の民が暮らすすべての地域におけるシャリーア施行を掲げてきました。
問題4の解答:C
サイイド・クトゥブとともに、新たな形態のイスラム急進主義が誕生しました。従来型の急進主義はワッハーブ派やサラフィー派によって担われてきたものです。ムスリム同胞団の急進主義が「現代的」とされるのは、インターネットなどの最新技術を活用して連携や組織化を図る点、さらに19~20世紀に特徴的なゲリラ戦術やテロの手法を駆使して、「イスラム防衛」の名の下に残虐行為に及ぶ点にあります。