歴史クイズ

米国の日系人強制収容所に関する演習問題(解説付き)

はじめに

20世紀前半、アメリカ合衆国では日系人コミュニティが大きく発展しました。しかし、太平洋戦争(日米開戦)の勃発により、このコミュニティは激しい迫害にさらされることになります。本演習では、日系アメリカ人の強制収容に関する重要な歴史的事実を、4つの選択問題と詳細な解説を通じて確認します。

問題

問題1

20世紀前半、アメリカでは日系人コミュニティが著しく成長しました。しかし、日米間の戦争が始まると、このコミュニティは激しい迫害を受けることになります。日本出身のこの人口集団は、アメリカのどの地域に集中していましたか?

a) アメリカ中南部
b) 東海岸
c) アメリカ南部
d) 西海岸とハワイ
e) アラスカとハワイ

問題2

アメリカ国内の日系人を強制収容所に収容することを決定した命令は、1942年2月19日にフランクリン・D・ルーズベルト大統領によって署名されました。この大統領が署名した命令の名称は何ですか?

a) 大統領令9066号(Executive Order 9066)
b) 真珠湾命令
c) 真珠湾大統領令
d) 真珠湾9066命令
e) 戦時移住命令

問題3

アメリカの強制収容所が建設されると、その管理はただちにある機関に引き継がれました。その機関の名称は次のうちどれですか?

a) 移民事務局
b) 日系アメリカ市民同盟
c) 戦争移住局(War Relocation Authority)
d) 連邦捜査局(FBI)
e) 中央情報局(CIA)

問題4

第二次世界大戦中に強制収容所へ収容された日系アメリカ人は、後年、収容期間に対する補償を受けるとともに、アメリカ政府から正式な謝罪を受けました。これはどの政権の時代に実現したものでしょうか?

a) ジョン・F・ケネディ政権
b) リンドン・ジョンソン政権
c) ジミー・カーター政権
d) ロナルド・レーガン政権
e) ジョージ・ブッシュ政権

解答と解説

問題1の解答:D(西海岸とハワイ)

アメリカに定住した日系人コミュニティの大部分は、アメリカ西海岸(主にカリフォルニア州)とハワイに居住していました。これは主に、これら2つの地域が日本に地理的に近いことが理由です。農業や漁業などの仕事を求めて移住した日系人が、太平洋沿岸部に集中していたのです。

問題2の解答:A(大統領令9066号)

1942年2月19日にフランクリン・D・ルーズベルト大統領が署名したこの命令は、「大統領令9066号(Executive Order 9066)」として知られています。この命令により、軍は特定の軍事保護区域から日系アメリカ人を排除し、彼らを強制的に移住させる権限を得ました。真珠湾攻撃後の反日感情の高まりが、この措置の背景にありました。

問題3の解答:C(戦争移住局)

戦争移住局(War Relocation Authority、略称WRA)は、大統領令9102号に基づき1942年3月に正式に設立されました。同局は存続期間中、ミルトン・アイゼンハワーとディロン・S・マイヤーの2人の局長によって率いられました。WRAは、アメリカ各地に建設された10か所の強制収容所すべての管理運営を担当する機関でした。

問題4の解答:D(ロナルド・レーガン政権)

強制収容所への収容を生き延びた日系人への補償は、日系アメリカ人の権利回復のために長年活動してきた諸団体の努力の成果でした。1988年、ロナルド・レーガン政権下で成立した「市民の自由法(Civil Liberties Act)」により、生存者全員がアメリカ政府からの正式な謝罪とともに、1人あたり20,000ドルの現金補償を受け取ることになりました。これは国家による過去の不正を公式に認め、贖罪を示した歴史的な出来事です。