ネビル・チェンバレンとは
アーサー・ネビル・チェンバレン(Arthur Neville Chamberlain、FRS)は、イギリス保守党に所属する政治家で、1937年から1940年にかけてイギリス首相を務めた人物です。宥和外交を象徴する指導者として、第二次世界大戦前夜のヨーロッパ政局の中心に立ったことで広く知られています。
首相就任までの経歴
チェンバレンは、1930年代のスタンリー・ボールドウィン内閣において、まず枢密院議長として、続いて大蔵大臣として閣僚を務めました。当時のイギリス政府が直面していた最大の課題は、ナチス・ドイツの軍事力拡大と、それに伴うヨーロッパ各地での戦前危機への対応でした。これらの政策は主にチェンバレンの担当分野であり、1937年にボールドウィンの後任として首相に就任すると、対独政策は一層彼自身の責任のもとに置かれることになりました。
有名な発言――「我らの時代の平和」
チェンバレンを後世に最も強く印象づけたのは、1938年9月30日、ミュンヘン会談で英仏独伊によるミュンヘン協定に調印し、戦争回避の合意を取り付けてロンドンへ帰国した直後、ダウニング街10番地の官邸前で行った声明です。
「親愛なる友人諸君、これはわが国の歴史において二度目となる、ドイツからダウニング街へ『名誉ある平和』がもたらされた瞬間です。私は、これが我らの時代のための平和(peace for our time)であると確信しております。」
この協定により、当時のチェコスロバキアのズデーテン地方はナチス・ドイツへ割譲され、「一世代にわたる平和」をもたらすと期待されました。しかし現実には、宣言から半年余り後の1939年3月にドイツがプラハを占領し、同年9月のポーランド侵攻によって第二次世界大戦が勃発。「我らの時代の平和」という言葉は、結果として宥和政策の失敗を象徴する言葉として歴史に刻まれることになりました。