1836年2月23日から3月6日にかけて、テキサス独立戦争の激戦として知られる「アラモの戦い」がサンアントニオで繰り広げられました。メキシコ軍の圧倒的な兵力に対し、少数のテキサス守備隊が13日間にわたって抵抗しましたが、要塞は陥落し、多くの守備兵が命を落としました。その中には、当時すでに名を知られていた次の3人の著名人が含まれています。
1. ウィリアム・バレット・トラヴィス(William Barret Travis)
26歳の若さでアラモ守備隊の指揮官を務めたトラヴィスは、包囲の中で「勝利か死か(Victory or Death)」と結ばれた有名な手紙をしたためたことで知られています。最後まで降伏を拒み、要塞の防衛を指揮し続けました。
2. ジェームズ・ボウイ(James Bowie)
自身の名を冠した「ボウイ・ナイフ」で広く知られる開拓者兼兵士です。病を患いながらも守備隊の共同指揮官として戦い、アラモ陥落の際に命を落としたと伝えられています。
3. デイヴィ・クロケット(Davy Crockett)
テネシー州選出の元下院議員であり、フロンティアの英雄として全米にその名を轟かせていた人物です。アラモ防衛に加わり、最期まで戦ったことで後世に語り継がれています。
彼らの死が残した遺産
この3人の死は単なる悲劇にとどまらず、「アラモを忘れるな(Remember the Alamo)」という合言葉となり、テキサスの人々の士気を大いに高めました。約1か月半後のサンジャシントの戦いでテキサス軍がメキシコ軍に決定的な勝利を収め、独立を勝ち取る大きな原動力となったのです。今日でもアラモ砦はサンアントニオの歴史的記念地として、多くの観光客が訪れる場所となっています。