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タスキーギー・エアメンは何人いた?米軍初の黒人パイロット部隊の人数と歴史

「タスキーギー・エアメン(Tuskegee Airmen)」とは、第二次世界大戦中にアメリカ軍で活躍したアフリカ系アメリカ人の軍用機パイロットおよびその支援要員たちを指す名称です。彼らはアメリカ合衆国軍史上、最初に訓練を受けた黒人航空部隊として、歴史に名を刻んでいます。

タスキーギー・エアメンの人数は?

第二次世界大戦中にパイロットとして任務に就いたタスキーギー・エアメンは、およそ1,000人とされています。このうち約450人がヨーロッパ戦線や地中海戦線に派遣され、実戦に参加しました。

なお、「タスキーギー・エアメン」という呼び方はパイロットだけでなく、整備士、地上要員、看護師など、この部隊を支えたすべての人々を含むこともあります。そうした支援要員まで含めると、総勢は約14,000〜15,000人に及ぶとも言われています。

訓練の場となったタスキーギー陸軍航空基地

彼らの名前の由来である訓練地は、アラバマ州タスキーギーに設けられた陸軍航空基地です。1941年、当時の人種隔離政策(ジム・クロウ法)のもと、黒人兵士にも航空訓練の機会が与えられることになり、ここから最初の黒人戦闘飛行隊である第99追撃飛行隊が誕生しました。

「レッドテイルズ」の異名を持つ勇猛な部隊

タスキーギー・エアメンの中核を担ったのは、後に編成された第332戦闘航空群です。彼らはP-51マスタングなどの戦闘機に搭乗し、自機の尾翼を赤く塗装していたことから「レッドテイルズ(Red Tails)」の愛称で呼ばれました。

主な任務は、敵地へ向かう爆撃機の編隊護衛でした。優れた護衛成績を収めたことで爆撃機乗員たちからの信頼も厚く、その活躍は部隊への殊勲部隊章(Presidential Unit Citation)授与につながりました。

後世に残した遺産

タスキーギー・エアメンの戦いは、単なる軍事的な成功にとどまらず、アメリカ軍における人種差別の撤廃への道を開きました。1948年の軍隊の人種統合命令(大統領令9981号)にも大きな影響を与えたとされています。

2007年には、彼らの功績を讃えて議会名誉黄金勲章(Congressional Gold Medal)が授与されました。現在でも映画やドキュメンタリーなどで彼らの物語は語り継がれ、アメリカの歴史における重要な存在であり続けています。