フェルディナンド2世時代に国旗は存在したのか?
結論から言えば、両シチリア王国(ナポリ・シチリア王国とも呼ばれます)は、フェルディナンド2世の治世(1830年12月12日〜1859年5月22日)において、正式な国旗を定めていませんでした。
そのため、「フェルディナンド君主国旗」と呼ばれる旗は実在せず、特定の旗を指す名称としても成立していません。
両シチリア王国とはどんな国だったのか
両シチリア王国は、1816年にナポリ王国とシチリア王国が統合されて成立した南イタリアの国家です。首都はナポリに置かれ、1861年のイタリア統一まで約45年間存続しました。地中海貿易の中継地として栄え、当時の南欧において重要な位置を占めていました。
フェルディナンド2世という君主
フェルディナンド2世は1830年に即位し、1859年に死去するまで両シチリア王国を統治しました。産業振興や鉄道敷設など国内開発を進めた一方、1848年の革命運動への対応やその後の強権的な統治でも知られています。
なぜ「国旗」が存在しなかったのか
19世紀前半のヨーロッパでは、近代的な意味での国旗の概念がようやく確立されつつある段階でした。王政下の国家では、王室の紋章や王朝の色が事実上の象徴として用いられることが多く、両シチリア王国も同様に、公式な国旗を制定することなくブルボン家の紋章などが象徴的に扱われていたと考えられます。
まとめ
「フェルディナンド君主国旗」という言葉は、実在しない旗を指す誤った表現です。フェルディナンド2世の治世における両シチリア王国には正式な国旗がなく、この名称に対応する歴史的な旗は確認できません。両シチリア王国の旗章について詳しく知りたい場合は、王朝の紋章や海軍旗に関する史料を参照することをおすすめします。