実は、1415年のアジャンクールの戦いにおいて、イングランド王ヘンリー5世がフランス王シャルル6世本人と直接対峙して戦ったわけではありません。これは多くの人が誤解しやすい点ですが、当時の歴史的背景を知れば納得できる事実です。
シャルル6世は戦場に立てない状態だった
シャルル6世(在位1380年〜1422年)は、1392年頃から深刻な精神疾患を患い、「狂気王」と呼ばれるほど激しい発作を繰り返していました。幻覚や妄想に悩まされ、自分がガラスでできていると信じ込むという逸話でも知られています。このような状態では、軍隊を率いて戦場に立つことは到底不可能でした。
実際の指揮官は大元帥シャルル・ダルブレ
アジャンクールの戦いでフランス軍を実際に指揮したのは、王国大元帥(コネタブル)シャルル・ダルブレです。名目上の総司令官は王太子ルイ(ギュイエンヌ公)とされていましたが、彼は戦場に参加せず、実戦の指揮はダルブレと元帥ジャン・ル・マングル(ブシコー)が担いました。皮肉にも、両者ともこの戦いで命を落としています。
戦いの経緯
ヘンリー5世は百年戦争の再開を目論み、1415年にノルマンディーの港町アルフルールを包囲・攻略しました。その後カレーへ向かう途中の行軍中、兵力で大きく勝るフランス軍と、現在のパ=ド=カレー県アザンクール付近で衝突することになったのです。
1415年10月25日のこの戦いでは、疲弊したイングランド軍が長弓部隊の威力、地形の活用、そしてフランス軍側の戦術的失策により圧倒的な勝利を収めました。ヘンリー5世自身も前線で奮戦しましたが、彼が直接剣を交えた相手はシャルル6世ではなく、フランスの貴族たちだったのです。
まとめ
つまりアジャンクールの戦いは「王対王」の直接対決ではなく、精神疾患のため統治も軍の指揮も困難だったシャルル6世に代わり、貴族たちが率いるフランス軍と、ヘンリー5世率いるイングランド軍との戦いでした。この勝利によりヘンリー5世は勢力を拡大し、1420年のトロワ条約でフランス王位継承権を獲得する大きな足がかりを手に入れたのです。