「有益(サルータリー)」の定義
「有益性(salutary)」とは、特に長期的な視点で見たときに利益となる、あるいは好都合であることを意味する形容詞です。イギリスによるアメリカ植民地支配の歴史においては、「有益の怠慢(salutary neglect/サルータリー・ネグレクト)」という言葉が、イギリス政府が植民地に対して最小限の干渉にとどめ、自治を事実上許した政策を指すものとして用いられました。この政策は、植民地が本国の厳しい統治を強く意識することなく発展・繁栄できるため、植民地とイギリス双方にとって有益であると考えられていました。
18世紀に採用された政策
有益の怠慢は、18世紀にイギリス政府が採用した政策です。その内容は、アメリカ植民地の内政に極力介入せず、現地での自治を容認するというものでした。イギリス政府は、この方針によって植民地が重い支配の圧力を感じることなく経済的にも社会的にも成長し、最終的には本国にとっても利益をもたらすと期待していました。
政策が採用された背景
イギリス政府がこの政策を採用したのには、いくつかの理由があります。
第一に、当時のイギリスはフレンチ・インディアン戦争(北米を舞台とした英仏間の抗争)など他の重要な課題に注力しており、アメリカ植民地に十分な資源や関心を割く余裕がなかったことが挙げられます。
第二に、植民地はそこに暮らす人々自身の手でこそ最もよく統治でき、住民が自らの判断で意思決定を行うべきだという考え方が、イギリス側にも存在していました。
政策の成果と平和な時代
有益の怠慢政策は、当初イギリス政府の狙いどおりの成果を上げました。植民地は本国からの過度な干渉を受けることなく発展を遂げ、貿易も拡大しました。その結果、アメリカ植民地には平和と繁栄の時代が訪れ、この安定した時期はアメリカ独立革命の勃発まで続くことになります。
アメリカ独立革命への転換点
しかし、状況は次第に変化していきます。アメリカ独立革命は、アメリカ植民地がイギリス政府に対して武力で立ち上がった戦争であり、その原因は多岐にわたりました。とりわけ大きかったのは、イギリスによる課税が過重であるという入植者たちの不満です。加えて、自分たちの統治に関して十分な発言権が与えられていないという、「代表なしに課税あり」として知られる反発も強まりました。
こうした不満の積み重ねが、かつての「怠慢」によって育まれた自治の伝統と相まって、独立への動きを加速させました。
独立の達成とアメリカ合衆国の誕生
アメリカ独立革命は最終的に成功し、アメリカ植民地はイギリスからの独立を勝ち取りました。そして1789年、新憲法のもとでアメリカ合衆国が正式に発足しました。有益の怠慢がもたらした自律的な発展は、結果として新しい国家誕生の土壌となったといえるでしょう。