18世紀(1700年代)は、ヨーロッパ列強各国が北アメリカやカリブ海、太平洋岸北西部などで植民地や交易圏をめぐって激しく対立した時代でした。当時は国境線が未確定だったため、同じ地域に対して複数の国が同時に領有権を主張するケースが数多く見られました。以下に、国の組み合わせごとに権利が重複していた主な地域をまとめます。
フランスとイギリス
- 北アメリカ(主にオハイオ川流域とカナダ)
- カリブ海諸島
両国は特にオハイオ川流域をめぐって対立を深め、この緊張関係は1754年に始まるフレンチ・インディアン戦争(七年戦争の北米戦線)へと発展しました。
フランスとスペイン
- 北アメリカ南東部のルイジアナとフロリダの境界地域
- テキサスとニューメキシコの境界
- ミシシッピ川流域
内陸部のミシシッピ川流域は、フランスがヌーベルフランスの交易網の中核として重視した一方、スペインもメキシコ北部からの影響力拡大を図っていたため、両国の勢力範囲が重なる地域となりました。
イギリスとスペイン
- 北アメリカ南東部
- 太平洋岸北西部
北アメリカ南東部では、イギリスの13植民地が西へ拡大する動きと、スペイン領フロリダの防衛線が衝突していました。
イギリスとポルトガル
- 南アメリカ(ポルトガル領ブラジルとイギリス領ギアナの境界地域)
南アメリカ大陸では、ポルトガル領ブラジルとイギリス領ギアナの間の未画定の境界地域において、両国の主張が重複していました。
イギリスとロシア
- 北アメリカの太平洋岸北西部
ロシアはアラスカ方面から南下して毛皮交易を展開し、イギリスも海上からの進出を進めたため、太平洋岸北西部で両国の利益が交錯しました。
ロシアとスペイン
- 北アメリカの太平洋岸北西部
- アリューシャン列島
スペインは太平洋沿岸への支配強化のため北へ探検隊を送り、ロシアの狩猟・交易活動との間で緊張が生じました。
このように太平洋岸北西部では、イギリス、スペイン、ロシアという三つの大国の主張が入り組んでいました。これらの重複する領有権問題は、18世紀末から19世紀にかけてのヌートカ・サウンド危機や各種条約交渉を通じて、徐々に整理されていくことになります。