世界経済を震撼させた「世界大恐慌(グレート・デプレッション)」の時期にアメリカ合衆国の大統領を務めていたのは、ハーバート・フーヴァー(Herbert Hoover)です。彼はアメリカ第31代大統領として、1929年から1933年までの4年間、ホワイトハウスで政務にあたりました。
就任直後に襲いかかった大恐慌
フーヴァーが1929年3月に大統領に就任したわずか数ヶ月後の同年10月24日、「暗黒の木曜日」と呼ばれるニューヨーク株式市場の大暴落が発生しました。この株価暴落を発端として、銀行の連鎖倒産、企業の大量破産、失業者の急増が起こり、アメリカ経済は史上最悪とも言われる不況へと突入していきました。
フーヴァーの政策と批判
フーヴァーは当初、個人の自助努力とボランティアによる経済回復を重視する立場をとり、政府による大規模な介入には慎重でした。しかし不況が深刻化するにつれ、公共事業の拡大や金融機関への融資支援など、段階的に政府の関与を強める政策へと転換していきました。
それでも失業率は25%に達するなど状況は改善せず、失業者が集まる貧困層の居住区が「フーヴァービル」、ポケットを裏返すことを「フーヴァー旗」と呼ばれるなど、国民の不満は彼自身の名前に結びつくほど深刻でした。
ルーズヴェルトへの交代
1932年の大統領選挙でフーヴァーは民主党のフランクリン・D・ルーズヴェルトに圧倒的な差で敗北しました。1933年に就任したルーズヴェルトは、「ニューディール政策」と呼ばれる大胆な政府主導の景気対策を実施し、大恐慌からの脱出を目指すことになります。
フーヴァーの評判は大恐慌の対応によって大きく傷つきましたが、それ以前には第一次世界大戦中の食糧供給活動や人道支援で高い評価を受けていた実務家でもありました。彼の経験と教訓は、その後のアメリカ経済政策のあり方に大きな影響を与え続けています。