スーザン・B・アンソニーは修正第15条に反対していたのか?
結論から言えば、スーザン・B・アンソニーは合衆国憲法修正第15条に反対していたわけではありません。むしろ、彼女はこの修正条項の積極的な支持者の一人でした。
修正第15条は1870年に批准され、人種、肌の色、あるいはかつて奴隷であったことを理由に、市民の投票権を否定または制限することを禁じるものです。
女性参政権獲得への重要な一歩
アンソニーは、この修正条項が女性が投票権を獲得するための「正しい方向への一歩」になると確信していました。当時の参政権運動では、まず一部の人々へ選挙権が広がることが、やがてすべての人々への権利拡大につながると考えられていました。アンソニーもまた、男性の投票権拡大の動きが最終的には女性参政権の実現へとつながる流れを生むと信じていたのです。
こうした信念のもと、アンソニーは生涯を通じて女性参政権運動の中心人物として活動し続けました。彼女の努力は、1920年の修正第19条批准による女性投票権の確立へと受け継がれていきました。