アメリカ初のファーストレディ、マーサ・ワシントン
マーサ・ワシントン(Martha Washington)は、初代大統領ジョージ・ワシントンの妻として、アメリカ合衆国史上初のファーストレディとされています。当時は「ファーストレディ」という呼称自体がまだ定着していませんでしたが、彼女は新生国家の第一夫人として社交界の模範を築き上げ、後世の第一夫人たちの規範となる役割を確立しました。
最初の結婚と莫大な遺産
マーサは1731年6月2日、バージニア植民地でマーサ・ダンドリッジとして生まれました。1750年、裕福なプランターであるダニエル・パーク・カスティスと結婚し、4人の子供に恵まれました。しかし成人まで育ったのはわずか2人で、1757年に夫が亡くなると、マーサは約17,500エーカーの良質な土地と300人近い奴隷を相続し、新大陸で最も富裕な女性の一人となりました。
ジョージ・ワシントンとの結婚
1759年1月6日、マーサはジョージ・ワシントンと再婚しました。二人はバージニア州マウント・ヴァーノンの邸宅に居を構え、生涯を共に過ごすことになります。独立戦争中には、マーサは毎年冬になると野営地の夫のもとを訪れ、将校の妻たちとともに兵士の士気を支えたことでも知られています。
ファーストレディとしての役割
1789年、ジョージ・ワシントンが初代大統領に選出されると、マーサは臨時首都だったニューヨークへ移り、その後はフィラデルフィアで大統領一家と暮らしました。当時はホワイトハウスがまだ建設されておらず(完成は1800年)、大統領官邸も仮設のものでしたが、それでも彼女は第一夫人として重要な社会的役割を担いました。
マーサは週に一度、公式の「レセプション」を開き、政見が異なる人々であっても和やかに交流できる場を提供しました。党派対立が激しかった時代において、これは政治的な緊張を和らげる重要な工夫でした。また、彼女の振る舞いや服装、公的行事への対応は、まだ形になっていなかった「第一夫人」という役割の規範を作り上げ、後継者たちの手本となりました。
晩年と残した遺産
1797年に夫が大統領職を退任すると、夫妻はマウント・ヴァーノンへ戻りました。ジョージ・ワシントンは1799年に亡くなり、マーサは1802年5月22日に70歳でこの世を去りました。彼女が築いた第一夫人の役割モデルは、今日に至るまでアメリカの政治文化の中で受け継がれています。