エイブラハム・リンカーンの死因とは
アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンは、1865年4月15日に亡くなりました。死因は、前日である4月14日の夜にワシントンD.C.のフォード劇場で受けた銃撃によるものです。
当時リンカーン大統領は、夫人メアリー・トッド・リンカーンとともに喜劇『我らがアメリカのいとこ(Our American Cousin)』の公演を観劇していました。そこへ南軍支持者の俳優ジョン・ウィルクス・ブースが忍び込み、至近距離から大統領の頭部をピストルで撃ったのです。リンカーンは劇場内で意識不明のまま搬送され、翌15日の早朝、隣接する建物の中で息を引き取りました。彼の死は、南北戦争終結直後のアメリカ国民に深い衝撃と悲しみをもたらしました。
リンカーンを殺したのは誰か
リンカーン大統領を暗殺した犯人は、俳優ジョン・ウィルクス・ブース(John Wilkes Booth)です。ブースは1838年にメリーランド州で生まれ、南北戦争前から有名な舞台俳優として活躍していました。
しかし彼は熱心な南部連合(コンフェデラシー)の支持者であり、奴隷制廃止などリンカーンの政策が「南部を破壊するもの」だと強く憎んでいました。戦争中、ブースは当初リンカーンの誘拐を計画していましたが、1865年4月に南軍が降伏し戦争が終結すると、その怒りは暗殺へと向かいました。
暗殺当日の経緯
1865年4月14日、ブースはフォード劇場で『我らがアメリカのいとこ』が上演されることを知り、リンカーン一家が観劇に訪れる情報をつかみます。公演中、大統領のボックス席に侵入したブースは、観客の笑い声に紛れて発砲し、そのまま舞台へ飛び降りて逃走しました。
ブースは馬でワシントンD.C.から逃げ延び、一時はバージニア州の農園に身を隠しました。しかし連邦軍による徹底的な捜索の末、同年4月26日にバージニア州の納屋に立てこもったところを包囲され、射殺されました。暗殺からわずか12日後のことでした。
まとめ
リンカーンの暗殺は、南北戦争の終結という歴史的な転換点に起きた悲劇でした。国家再建(レコンストラクション)の時代を担うはずだった指導者を失ったアメリカは、大きな試練に直面することとなりました。この事件は今日でも、アメリカ史上最も衝撃的な政治的暗殺の一つとして記憶されています。