歴史物語

マリー・アントワネットの子供たちはどうなった?フランス革命がもたらした四人の運命

フランス王妃マリー・アントワネットとルイ16世の間には、四人の子供たちが生まれました。華やかなヴェルサイユ宮殿で生を受けた彼らでしたが、フランス革命の激動の中で、それぞれ大きく異なる運命をたどることになります。
ここでは、四人の子供たちがそれぞれどのような人生を歩んだのかを詳しく見ていきましょう。

1. 長女マリー・テレーズ・シャルロット(マダム・ロワイヤル)

四人の中で唯一、革命を生き延びたのが長女のマリー・テレーズ・シャルロットです。投獄中は「マダム・ロワイヤル(王女殿下)」と呼ばれていました。父や母、そして弟たちを相次いで失った後、1795年にようやく釈放され、母方の故郷であるオーストリアへ渡ります。
その後、従兄にあたるアングレーム公ルイ・アントワーヌと結婚し、アングレーム公妃となりました。しかし夫婦の間に子供は恵まれず、彼女の血筋で王家が続くことはありませんでした。晩年は亡命貴族たちの精神的支柱として、ブルボン家の復古王朝を支え続けました。

2. 長男ルイ・ジョゼフ

王位継承者として期待された長男ルイ・ジョゼフは、生まれつき病弱な子供でした。1789年6月、フランス革命が始まったばかりの時期に、わずか7歳で結核によりこの世を去りました。彼の死は両親にとって大きな悲しみとなりましたが、結果的には、その後に訪れる革命の惨禍から逃れることにもなりました。

3. 次男ルイ・シャルル(ルイ17世)

兄の死後、新たな王太子となった次男ルイ・シャルルは、革命政府から「ルイ17世」と呼ばれる存在となります。父の処刑後、母と強制的に引き離されてテンプル塔の独房に監禁され、劣悪な環境の中で心身ともに急速に衰弱していきました。
1795年6月、10歳という短い生涯を獄中で閉じました。公式には結核性の疾患とされていますが、死因や監禁中の実態については現在でもさまざまな憶測と議論の対象になっています。

4. 次女ソフィー・エレナ・ベアトリス

末っ子のソフィーは1786年に生まれましたが、生後わずか11ヶ月で病気のため亡くなりました。1787年の出来事だったため、フランス革命が本格化する前に世を去ったことになります。

まとめ

マリー・アントワネットの四人の子供たちのうち、革命という嵐を乗り越えて生き延びたのは、長女マリー・テレーズただ一人でした。王侯貴族に生まれながらも、時代の激変に翻弄された彼らの運命は、フランス革命という歴史の転換点を象徴する物語といえるでしょう。