ポール・リビアの真夜中の騎行(ミッドナイト・ライド)とは
ポール・リビアの真夜中の騎行は、1775年4月18日から19日にかけて、ポール・リビアがボストンから出発し、イギリス軍の進軍をアメリカの愛国者たちに警告した伝説的な騎馬伝令です。この知らせは民兵の迅速な動員につながり、まもなく始まるアメリカ独立戦争の重要な転機となりました。
真夜中の騎行のタイムライン
1. 1775年4月18日:イギリス軍の動きを察知
リビアは、イギリス軍がマサチューセッツ州コンコードに保管されていた植民地側の軍需物資を破壊するために進軍しようとしていることを突き止めます。
2. 教会の塔に灯る合図
出発に先立ち、リビアは旧北教会(オールド・ノース・チャーチ)に合図を依頼しました。「陸路なら提灯1つ、海路なら2つ」という有名な約束です。この夜、イギリス軍がチャールズ川を渡って進軍することが確認され、2つの提灯が掲げられました。
3. 真夜中:ボストンを出発
リビアはボストンのノースエンドから舟でチャールズ川を渡り、そこから馬でレキシントンへと急ぎました。道中、各地の家々を訪れてはイギリス軍接近の知らせを広めていきます。
4. メッドフォードやアーリントンなどを駆け抜ける
リビアはメッドフォードやメノトミー(現在のアーリントン)などを通過しながら、沿道の住人たちに危機を告げて回りました。「イギリス軍が来る!」という叫びは有名ですが、当時の植民地の人々も自らを「イギリス人」と考えていたため、実際には「正規軍(レギュラーズ)が出た」と伝えたとされています。
5. レキシントンでアダムズとハンコックに警告
リビアはレキシントンに到着し、バックマン・タバーン近くのハンコック=クラーク邸でサミュエル・アダムズとジョン・ハンコックに会い、イギリス軍の接近を警告。両名が逮捕される前に脱出できるよう尽力しました。
6. コンコードへの道中で捕らえられる
その後、リビアは同じく伝令として活動していたウィリアム・ドーズ、サミュエル・プレスコットとともにコンコードを目指しましたが、途中のリンカーンでイギリス軍の巡邏隊に捕らえられてしまいます。プレスコットだけが逃走に成功し、コンコードへ警告を届けることができました。
7. レキシントン・コンコードの戦いへ
翌19日の早朝、イギリス軍は武装したアメリカの民兵と遭遇し、レキシントン・コンコードの戦いが勃発。ここにアメリカ独立戦争の幕が開かれたのです。
歴史に残る象徴的な物語
ポール・リビアの真夜中の騎行は、アメリカ史における最も有名な逸話の一つとなり、愛国心、勇気、そして自由のための闘う意志を象徴する物語として語り継がれています。1860年にヘンリー・ワーズワース・ロングフェローが詩「ポール・リビアの騎行」を発表して以降、その名声は一層広まり、今日でも多くの人々に親しまれています。