実は、キャサリン・ビーチャー(Catharine Beecher)とアンジェリーナ・グリムケ(Angelina Grimké)の二人は意見が一致していませんでした。むしろ、19世紀アメリカにおける女性の役割や権利をめぐって、真っ向から対立したことで知られています。
ビーチャーの主張:「女性の本領は家庭にあり」
教育者として知られたキャサリン・ビーチャーは、いわゆる「分離圏(separate spheres)」の考え方を支持していました。彼女にとって、女性の本来の場所は家庭であり、母親や妻として家族を支え、道徳的な影響力を行使することが女性の使命だと考えていました。
そのため、女性が公の場で演説を行ったり、政治的な運動に参加したりすることには強い反対の立場を取りました。ただし、彼女は女性教育の重要性を認めており、女性のための学校設立にも尽力しています。
グリムケの主張:「男女は平等な機会を持つべき」
一方、奴隷制廃止運動家だったアンジェリーナ・グリムケは、まったく異なる考えを持っていました。彼女は、女性も男性と同じように公的な発言権を持ち、社会改革に参加すべきだと主張しました。
グリムケ自身、南部出身者として奴隷制の実態を告発する講演活動を行い、女性が公共の場で声を上げることの正当性を実践で示しました。彼女は「道徳的な問題に立ち上がることは、性別に関係なくすべての人の義務である」という信念を持っていたのです。
二人の論争が意味したもの
1830年代後半、この二人は書簡を通じて直接論争を交わしました。この対立は単なる個人的な意見の相違にとどまらず、「女性とは何か」「女性は社会の中でどんな役割を果たすべきか」という当時のアメリカ社会を代表する大きな問いを浮き彫りにしました。
ビーチャーの保守的な家庭観と、グリムケの先駆的な平等観。この二つの思想の衝突は、後に続く女性参政権運動やフェミニズムの潮流を考える上でも、重要な歴史的転換点の一つと言えるでしょう。