歴史物語

1621年の最初の感謝祭、歴史家が確信を持つメニューはたった2品だけ

1621年秋、マサチューセッツ州プリマスで開かれた最初の感謝祭。ピルグリム・ファーザーズと先住民ワンパノアグ族が共に祝ったこの3日間に及ぶ収穫祭では、豊かなごちそうが並べられたと伝えられています。

しかし、当時の記録をもとに研究を重ねた歴史家たちが、「間違いなくこの食卓にあった」と確信できる食品は、実は鹿肉(ベニソン)と野鳥のわずか2品しかありません。

なぜ2品しか特定できないのか?

最初の感謝祭についての一次資料は極めて少なく、プリマス植民地の指導者エドワード・ウィンスローが書き残した手紙など、ごく限られた記録しか残っていないためです。これらの記録には「狩りの猟師たちが5頭の鹿を仕留めた」といった言及があるものの、具体的な料理や調理法までは詳しく描かれていません。

七面鳥は食べられていたのか?

感謝祭といえば七面鳥というイメージが定着していますが、1621年の宴席で七面鳥が供されたかどうかは定かではありません。野鳥としてアヒル、ガン、そして七面鳥などが狩られた可能性はありますが、記録上の裏付けがないため断定できないのです。

また、ワンパノアグ族の首長マサソイトとその一団が鹿を5頭持ち寄ったことは記録から分かっており、鹿肉が宴の主役だったことはほぼ間違いないとされています。トウモロコシ、カボチャ、貝類なども食卓に上がっていた可能性がありますが、こちらも確証は得られていません。

現代の感謝祭の定番メニューとは大きく異なる、素朴で質実な食卓こそが、最初の感謝祭の姿だったのかもしれません。