インド独立運動の指導者として知られるモハンダス・カラムチャンド・ガンディー、通称「マハトマ・ガンディー」の出自について、多くの人が関心を持っています。結論から言えば、彼はグジャラート地方の「バニア(Bania)」カーストに属していました。
バニア・カーストとは
バニアは、伝統的に商取引・商業・ビジネスと深く結びついてきたカーストです。インドの伝統的なヴァルナ(身分制度)では、商人や交易を担う階層である「ヴァイシャ(Vaishya)」に分類されます。
グジャラート社会において、バニアは四大カーストの一つとされ、教育への強い重視と起業家精神で知られています。この背景が、後のガンディーの人格形成や思想にも少なからず影響を与えたと言われています。
モード・バニアというサブカースト
さらに詳しく見ると、ガンディーが属していたのは、バニアの中でも「モード・バニア(Modh Bania)」と呼ばれるサブカーストでした。彼は1869年、グジャラート州の港湾都市ポールバンダールで生まれ、父親はこの地域の藩王国で宰相を務めるなど、比較的恵まれた家庭環境で育ちました。
カーストとガンディーの思想
興味深いのは、商人カーストの出身でありながら、ガンディーが生涯を通じてカースト差別の撤廃や不可触民(ダリット)の解放を掲げて闘ったことです。彼自身はカースト制の厳格な枠組みには批判的で、「ハリジャン(神の子)」という言葉を使って被差別民の地位向上に尽力しました。
このように、ガンディーの出自はグジャラートの商業カースト「バニア」でしたが、彼の偉大さは、自らの出身背景を超えて社会正義を追求し続けた点にあると言えるでしょう。