アフリカの歴史

なぜホセ・リサールは小説『フィリバステリスモ』をゴンブルザに捧げたのか?

フィリピンの国民的英雄ホセ・リサール(José Rizal)は、自身の二作目の小説『フィリバステリスモ(El Filibusterismo)』を、三人のフィリピ人司祭——マリアーノ・ゴメス(Mariano Gómez)、ホセ・ブルゴス(José Burgos)、ハシント・サモラ(Jacinto Zamora)——に捧げました。彼らは1872年にスペイン植民地政府によって処刑され、三人の名前の頭文字を取って「ゴンブルザ(GOMBURZA)」として知られています。

ゴンブルザとは誰だったのか

ゴンブルザは、19世紀のフィリピンで聖職者の待遇改善を訴えた三人のカトリック司祭です。当時、フィリピン出身の司祭(在郷司祭)は、スペイン本国出身の司祭に比べて差別的な扱いを受けており、彼らはこの不平等の是正を求める運動の中心的存在でした。

1872年に起きたカヴィテでの兵営事件をきっかけに、スペイン当局は扇動罪と反逆罪というでっち上げの容疑で三人を逮捕し、マニラのバグンバヤン広場(現在のリサール公園)で処刑しました。裁判は極めて不正なものであり、彼らの死はフィリピン社会全体に大きな衝撃と怒りを引き起こし、改革を求める声を一気に高めることとなりました。

献辞に込められた思い

リサールが『フィリバステリスモ』をゴンブルザに捧げたのは、彼らの殉教への敬意を表すとともに、その記憶を後世に語り継ぐためでした。リサールは、不当に処刑された三人の物語は決して忘れられてはならないと確信しており、この小説をその思いを伝えるための舞台として用いたのです。

献辞の中でリサールは、教会による不当な破門と政府の冷酷な専制によって「憎しみと屈辱の象徴」とされた彼らが、民衆の心の中ではむしろ「愛と希望の象徴」であることを強調しています。スペイン政府とカトリック教会の敵とされた三人は、実際には、自らの権力を濫用してフィリピン人民を抑圧し、沈黙させようとした者たちの犠牲者にすぎませんでした。彼らの殉教は、リサールをはじめとする多くのフィリピン人に、スペイン支配からの自由と独立を求める闘いへと立ち上がる勇気を与えたのです。

抵抗の表明としての献辞

『フィリバステリスモ』をゴンブルザに捧げたことは、スペイン政府に対する強烈な抵抗の表明でもありました。この献辞は、リサールが不正や抑圧に対して恐れることなく声を上げ、フィリピン人民の権利のために闘う覚悟を固めていたことの証明となっています。

1887年の処女作『ノリ・メ・タンゲレ(Noli Me Tangere)』に続くこの小説は1891年に出版され、フィリピンの民族意識を大きく高め、やがて独立運動へとつながっていく重要な礎となりました。