1963年8月28日、ワシントン大行進でマーティン・ルーサー・キング・ジュニア師が語った歴史的な演説「I Have a Dream(私には夢がある)」には、「唇から『介入(interposition)』と『無効化(nullification)』の言葉を滴らせている」という一節があります。これは、当時のアラバマ州知事ジョージ・ウォレスに代表される南部の政治指導者たちが、「州権」の名のもとに人種隔離政策を正当化していた実態を痛烈に批判した表現です。
「州権」の教義とは何か
「州権(states' rights)」の教義とは、たとえ法律が連邦法と衝突する場合であっても、各州には独自の法律や規則を定める権利があるという考え方です。南部諸州はこの理論を根拠に、学校、公共交通機関、その他の公共施設における人種差別撤廃(デザグリゲーション)への抵抗を正当化してきました。
「介入」と「無効化」の具体的な意味
「介入(インターポジション)」とは、州が連邦政府と市民との間に自らを割り込ませ、憲法に反すると判断した連邦法の適用を拒否できるという主張です。一方、「無効化(ナリフィケーション)」とは、州が自州の管轄内において連邦法を無効かつ無意味であると宣言できるという考え方です。
これらは建国初期から存在する概念でしたが、20世紀半ばには、1954年のブラウン対教育委員会裁判をはじめとする連邦最高裁の判決や公民権法制に対抗する手段として、南部諸州によって持ち出されるようになりました。
キング牧師がこの表現を選んだ理由
キング牧師があえて「滴らせる」という強烈な比喩を使ったのは、これらの教義が人種隔離と差別の体制を維持する道具として濫用されていた実態を、聴衆にはっきりと印象づけるためでした。彼は、こうした主張には健全な法的根拠など存在せず、アフリカ系アメリカ人が憲法で保障された権利を行使するのを妨げるための単なる口実にすぎないと訴えたのです。
実際、合衆国憲法は連邦法を州法よりも優先させる(連邦最高条項)としており、州による「介入」や「無効化」の主張は最終的に法的根拠を認められませんでした。キング牧師の言葉は、そうした不当な抵抗の象徴を鋭く切り抜いたものだったといえます。