南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)は、1991年6月30日、最後まで残っていたアパルトヘイト関連法が廃止されたことにより、法的には正式に終わりを迎えました。その後、1994年に実施された史上初の全人種参加選挙を経て、ネルソン・マンデラが同国初の黒人大統領に就任し、新たな時代が幕を開けました。
1991年6月30日――アパルトヘイト法の全面廃止
アパルトヘイトとは、1948年以降の南アフリカにおいて法制化された、人種による隔離と差別を制度化した政策です。「人口登録法」や「集団地域法」などの一連の法律により、人々は出生時に人種分類され、居住地、教育、就職、結婚に至るまであらゆる場面で厳格に区別されてきました。
こうした制度は、1991年6月30日に最後の関連法令が廃止されたことで、約40年以上の歴史に幕を下ろしました。当時のデクラーク政権は、1990年のANC(アフリカ民族会議)合法化やマンデラの釈放に続き、与野党間の交渉を通じて差別法制の撤廃を段階的に進めていたのです。
1994年――初の全人種参加選挙とマンデラ政権の誕生
しかし、アパルトヘイトの完全な終焉は、1994年4月に実施された南アフリカ史上初の全人種参加の総選挙によって実現しました。この選挙では、長年にわたり投票権を奪われてきた黒人をはじめ、すべての人種が平等に票を投じることができるようになりました。
その結果、反アパルトヘイト運動の象徴的存在として世界的に知られるネルソン・マンデラが、同国初の黒人大統領に選出されました。彼は1964年から1990年まで約27年間にわたり投獄されていましたが、釈放後は報復ではなく和解と統合の路線を掲げ、深い人種対立を抱えた国家の再建に尽力しました。
まとめ
アパルトヘイトの終結は、大きく二つの節目によって実現しました。ひとつは1991年6月30日の差別法の全面廃止による「法的な終結」、もうひとつは1994年の民主的選挙とマンデラ政権の発足による「政治的な完了」です。大規模な内戦を回避しながら平和裏に移行が成し遂げられた点で、この過程は世界史上でも特筆される出来事とされています。