アフリカの歴史

自由黒人をリベリアへ移住させたのは?アメリカ植民地化協会と「アフリカ帰還運動」の全貌

「アフリカ帰還運動」とは何か

「アフリカ帰還運動(Back to Africa movement)」、別名「リベリア植民運動」は、19世紀のアメリカ合衆国における政治的・社会的な運動でした。この運動は、奴隷制から解放された自由黒人たちに対し、アフリカへの移住を促し、その移住を資金面・組織面から支援することを目指したものです。

中核を担ったアメリカ植民地化協会(ACS)

この運動を主導したのが、1816年に設立された「アメリカ植民地化協会(American Colonization Society)」です。同協会は、アメリカ国内の自由黒人をアフリカ西海岸へ移住させる計画を推進し、1821年から1822年にかけて、現在のリベリアとなる入植地を建設しました。首都モンロビアの名前は、当時の大統領ジェームズ・モンローにちなんで付けられています。

運動をめぐる複雑な動機

この運動には、実はさまざまな思惑が絡み合っていました。一部の奴隷所有者は、自由黒人の存在が奴隷たちに反乱の影響を与えることを恐れ、彼らを国外へ移送したいと考えていました。一方で、廃止論者や自由黒人自身の中には、アメリカ国内で受ける深刻な差別から逃れ、自らの手で国家を築くことを夢見て移住を選んだ者もいました。

その後の歴史的展開

1847年、リベリアは独立を宣言し、アフリカ大陸で最も古い共和国となりました。さらに20世紀に入ると、ジャマイカ出身のマーカス・ガーヴェイが主導する運動が再び「アフリカへの帰還」を掲げ、世界中のアフリカ系の人々に大きな影響を与えました。こうして「アフリカ帰還」の思想は、単なる移住計画にとどまらず、アフリカ系アメリカ人のアイデンティティをめぐる重要な歴史的テーマとなったのです。