カエサルが亡くなったのはいつ?
ガイウス・ユリウス・カエサルは、紀元前44年3月15日に暗殺されました。この日は「3月のイデス(Idus Martiae)」として知られ、ローマ史上最も有名な事件の一つとされています。
暗殺の背景
カエサルは終身独裁官として絶大な権力を握っていましたが、その権力の集中に対し、共和政の伝統を守ろうとする元老院議員たちの反発が強まっていました。マルクス・ブルートゥスやカッシウスら約60名の議員が暗殺計画に関与し、ポンペイウス劇場に隣接する元老院議事堂でカエサルを襲撃したのです。
死後のローマへの影響
カエサルの死は、共和政を守るという狙いとは裏腹に、ローマを長い内乱の時代へと導くことになりました。カエサルの後継者であるオクタウィアヌス(後のアウグストゥス)とアントニウス、そして共和派との間で激しい権力闘争が繰り広げられます。
最終的にオクタウィアヌスが勝利を収め、紀元前27年に「アウグストゥス」の称号を受けて初代皇帝となりました。こうしてローマ帝国が誕生し、カエサルの暗殺は共和政ローマから帝政ローマへの大きな転換点となったのです。