アフリカの歴史

古代エジプトは3つではなく「2つの王国」に分かれていた?上下エジプト統一の歴史を解説

古代エジプトは「3つの王国」ではなく2つの王国だった

「古代エジプトは3つの王国に分かれていた」という説明を目にすることがありますが、これは誤解です。実際には、古代エジプトは上エジプト(Upper Egypt)と下エジプト(Lower Egypt)という2つの王国に分かれていました。

上エジプトと下エジプトとは?

上エジプトはナイル川流域の南側の地域を指し、下エジプトはナイル川デルタ地帯を含む北側の地域を指します。一見すると不思議な命名に思えますが、これはナイル川が南から北へ流れていることに由来します。川の上流(南側)が「上」、下流(北側)が「下」と呼ばれたのです。

メネス王による統一

紀元前3100年頃、王メネス(Menes)によってこの2つの王国が統一されました。メネスは第1王朝の初代ファラオとされ、ナルメル王と同一人物であると考える説が有力です。この統一以降、古代エジプトはその長い歴史の大部分を、ひとつの統一国家として歩むことになりました。

なお、統一後のファラオは、上エジプトの象徴である白冠と下エジプトの象徴である赤冠を組み合わせた「二重冠(プセント)」をかぶることで、両地域を支配する王であることを象徴的に示していました。