アフリカの歴史

チャンドラグプタ・マウリヤの出自とは?カーストをめぐる二つの学説

古代インドに強大な帝国を築いたマウリヤ朝の創始者、チャンドラグプタ・マウリヤ。その偉業はよく知られていますが、実は彼の「出自」と「カースト(身分)」は、学者たちが数百年にわたって議論を続けてきた謎めいたテーマです。さまざまな理論や歴史文献が異なる視点を提示しており、解釈は多岐にわたります。

ここでは、代表的な二つの学説を紹介します。

1. クシャトリヤ(武人階級)出身説

スリランカの歴史書『マハーワンサ(大史)』に記されたマウリヤ朝の伝承によれば、チャンドラグプタはクシャトリヤ(戦士・王侯階級)のマウリヤ氏族に属していたとされています。

また、『ダルマ・シャーストラ(法典)』などの古典文献もチャンドラグプタをクシャトリヤとして言及しており、彼が高貴な家柄で育ったことを示唆しています。

2. 非クシャトリヤ(庶民)出身説

一方で、一部の歴史家たちは、チャンドラグプタがクシャトリヤ以外の背景を持っていた可能性、すなわち低いカーストや混血の出である可能性を提唱しています。

ヴィシャーカダッタによる戯曲『ムドラー・ラークシャサ』は、チャンドラグプタが「ムラー」という名の身分の低い女性の息子であったことを示唆しており、彼の社会的地位について疑問を投げかけています。

さらに、ジャイナ教の伝承では、チャンドラグプタは遊女ナンディーニとナンダ朝の王マハーパドマ・ナンダとの間に生まれた子であるとされています。

結論:確定していない歴史の謎

重要なのは、これらはあくまで学説であり、チャンドラグプタのカーストや出自については、歴史家たちの間で確定的な合意が存在しないという点です。

当時の信頼できる史料が極めて少ないため、解釈の余地が大きく残されており、今後も学者たちの間で議論が続けられることでしょう。この謎こそが、古代インド史研究の奥深さを物語っています。