答え:1794年(テルミドールのクーデター)
マクシミリアン・ロベスピエールが処刑されたのは1794年7月28日(フランス革命暦・共和暦2年テルミドール10日)です。この出来事をもって、フランス革命期における過激な弾圧の時代、いわゆる「恐怖政治」は事実上の終わりを迎えました。
テルミドールのクーデターとは
ロベスピエールとその支持者たちは、前日の7月27日(テルミドール9日)に国民公会で逮捕されました。これが歴史上「テルミドールのクーデター」と呼ばれる政変です。翌28日、彼は本格的な裁判を経ることなく、同志たちとともにギロチンにかけられました。処刑当日、パリの群衆が歓声を上げたと伝えられており、民衆の間に恐怖政治への疲弊と反発が広がっていたことを物語っています。
恐怖政治とはどんな時代だったのか
恐怖政治(テロール時代)は、1793年から1794年にかけて、公安委員会を中心とする革命政府が「反革命分子」への徹底的な弾圧を行った時期です。ロベスピエールはその中心人物として権力を握り、容疑者法や革命裁判所を通じて数多くの人々が処刑されました。公式に記録されている犠牲者は1万6千人以上とされますが、獄中死や地方の内戦(ヴァンデの乱など)による死者まで含めると、実際の被害はさらに膨大でした。
処刑後のフランスはどうなったか
ロベスピエールの死後、ジャコバン派の勢力は急速に衰退し、保守的なブルジョワ層を中心とする「テルミドール派」が主導権を握りました。革命政府は弾圧路線からの転換を進め、1795年には総裁政府が成立します。しかし、その後もフランスは政治的にも経済的にも不安定な状況が続き、最終的には1799年のナポレオン・ボナパルトによるクーデター(ブリュメール18日の政変)へとつながっていきました。
まとめ
ロベスピエールの処刑と恐怖政治の終結は1794年です。7月27日のテルミドールのクーデターで失脚し、翌28日に処刑されたことで、激しい粛清の時代に幕が下ろされました。この出来事は、フランス革命が過激な段階から穏健化へと転換する重要な分水嶺となったのです。