アメリカ南北戦争における南軍総司令官ロバート・E・リーは、奴隷制については個人的に反対の立場を取っていたことで知られています。しかし同時に、彼は奴隷制の維持を掲げた南部連合(アメリカ連合国)側で戦った人物でもあります。この一見矛盾した姿勢は、今日でも多くの歴史家によって議論の対象となっています。
「道徳的・政治的な悪」という言葉
リー自身は、奴隷制を「道徳的および政治上の悪(moral and political evil)」であると明言していました。1856年に妻メアリーに宛てた手紙の中で、彼は奴隷制が黒人にもたらす苦痛に触れ、この制度が社会全体にとっても有害であると述べています。ただし同じ手紙の中で、奴隷の解放には時間が必要であり、神の摂理と歳月がやがて問題を解決すると考えていることも示しており、即時廃止を主張したわけではありませんでした。
故郷バージニア州への忠誠
南北戦争勃発時、リーは合衆国陸軍で長年の功績を積んだ将校であり、北軍の指揮官への就任要請を受けていたとも伝えられています。しかし1861年、故郷のバージニア州が連邦(合衆国)から脱退すると、リーは国家への忠誠よりも生まれ故郷の州への忠誠を優先し、南軍側につくことを選択しました。彼にとって、バージニア州と運命を共にすることこそが第一の義務だったのです。
複雑さをはらむ歴史的評価
リーの奴隷制観は決して単純なものではありません。妻の父から相続したアーリントン邸では多数の奴隷を管理しており、逃亡を試みた奴隷を処罰した記録も残されています。奴隷制の悪を認めながらも即時廃止には反対し、段階的な解決を望むという姿勢は、当時の南部上流階級に典型的なものでした。こうした点から、近年の歴史学では、リーを単純に「奴隷制反対者」と見なすことに疑問を呈する声も少なくありません。
結論として、リーは言葉の上では奴隷制を「悪」とみなし反対の立場を表明していましたが、行動の面では奴隷制を守る側の軍を率いたという事実があります。彼の選択は、個人的な道徳観と故郷への忠誠心との間で揺れた、南北戦争期の南部人の複雑な心境を象徴しているといえるでしょう。