アジアの歴史

応仁の乱から下剋上の戦国時代へ|室町幕府の興亡をわかりやすく解説

はじめに:室町幕府の成立から応仁の乱までを振り返る

戦国時代の歴史に入る前に、室町幕府の成立から応仁の乱に至るまでの流れを少しだけ振り返っておきましょう。

鎌倉幕府の滅亡と建武の新政

鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇は建武の新政を開始しました。しかし、新政は公家(貴族)を優先する政治路線をとったため、武士たちの不満が高まります。

この政策に反対した足利尊氏は後醍醐天皇に反旗を翻し、各地で反乱が相次いで建武新政府は崩壊しました。尊氏は別の天皇を擁立して室町幕府を開きます。一方、後醍醐天皇も吉野に朝廷を設けたため、南北朝時代としての対立が続くことになりました。

南北朝の統一と室町幕府の全盛期

南北朝の対立は約56年続きますが、室町幕府第3代将軍足利義満によって南北朝の合一(1392年)が実現します。これにより、室町幕府は全盛期(黄金時代)を迎えることとなりました。

義満はそれまで強勢を誇っていた九州を平定し、明との勘合貿易を開始するなど、政治・経済の基盤を着実に整えていきました。

義満の死後、幕府の支配力は低下へ

ところが足利義満の死後、有力な守護大名が力を強め、幕府に圧力をかけるようになります。さらに、度重なる飢饉や高利の借金に苦しむ地方の農民や武士たちも、幕府に徳政(債務の帳消し)を求める徳政一揆や土一揆を頻繁に起こすようになりました。

鎌倉時代以来の有力武士が多かった関東では、彼らを監視するために鎌倉府が置かれましたが、ここでも多くの戦乱が起こっています。

この鎌倉府の長を務めたのが鎌倉公方ですが、公方はしばしば在地の勢力を糾合して幕府と対立しました。

こうして義満の死後、有力大名が次々と力を強め、将軍家による統制は次第に弱まっていったのです。

室町幕府の衰退と応仁の乱の勃発

室町幕府第8代将軍足利義政は、文化的には大きな成果を残しましたが、政治にはほとんど関心を示しませんでした。代わりに正室の日野富子が積極的に政治介入を行い、賄賂が横行するなど、幕府の政治は極めて混乱します。

一方、武士社会の成熟に伴い嫡子相続(長子相続)が確立されると、各地の有力な武家では家督をめぐる争いが勃発するようになりました。筆頭格の守護大名である斯波氏・畠山氏でも後継者争いが起こり、幕府の宿老でもある細川氏と山名氏の対立も重なって、情勢は緊迫の一途をたどります。

さらに将軍家でも、義政に長らく後継ぎがいなかったことからお家騒動が表面化しました。当初、次期将軍には義政の弟足利義視が予定されていましたが、日野富子が足利義尚を産んだことで、両者の間に対立が生まれます。

そこへ細川氏と山名氏が介入し、東西両軍が衝突する応仁の乱(1467年)へと突入していくのです。

応仁の乱がもたらしたもの

応仁の乱が終結しても幕府の権威は大きく低下し、各地には火種が残り続けました。

足軽などが神社仏閣に火を放ったこともあり、都・京都は完全に荒廃します。そのため、現在京都にある社寺の多くは、歴史的には比較的新しく、応仁の乱以降に建てられたものだと言われています。

一方、鎌倉幕府ゆかりの関東地方では、中央への反乱や内部抗争が絶えず、応仁の乱後も大名同士の争いだけでなく、土一揆が各地で頻発しました。

山城国では畠山氏の内紛が依然として続き、そこで起こったのが山城国一揆(国一揆)です。国人や農民たちによる自治が実現しました。

さらに、この混乱に乗じて浄土真宗(一向宗)の蓮如は各地で信徒を増やすことに成功し、強力な宗教組織を築き上げます。その結果、北陸地方を中心に一向一揆が頻発することになりました。

このように、応仁の乱を境に、身分や家柄よりも実力が重んじられる下剋上の時代が到来します。そしてここから、100年以上続く戦国時代の幕が開かれたのです。

足利義政から戦国時代へ:全体の流れを整理

戦国時代は室町時代と時期が重なるため、理解が難しいと感じる人も多いでしょう。そこで、室町幕府の成立から戦国時代の始まりまでの流れをシンプルに整理しておきます。

有力守護大名の家督争い

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将軍家のお家騒動

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細川氏・山名氏の対立により応仁の乱が勃発

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都・京都が荒廃

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幕府の権威が失墜

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各地で戦乱が発生

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土一揆・国一揆が頻発

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下剋上により戦国時代の幕開け……

以上が、室町幕府の成立から戦国時代の始まりまでの大まかな流れです。

戦国時代を3つの時期に分けて理解しよう

戦国時代は、織田信長のような有名な武将だけの時代ではありません。個人的には、戦国時代を3つの時期に分けて覚えたほうが、はるかに理解しやすいと考えています。

戦国時代の3区分

  • 前期(1467年頃〜1560年頃):応仁の乱〜桶狭間の戦い
  • 中期(1560年頃〜1582年):織田信長の台頭〜本能寺の変
  • 後期(1582年〜1600年):豊臣秀吉の天下統一〜関ヶ原の戦い

特に戦国時代の前期は、さまざまな争いや人物が入り乱れて登場するため、理解が難しい時期です。まずは全体の流れをつかみ、そのうえで各出来事を一つひとつ理解していくとよいでしょう。

次回からは、それぞれの出来事について詳しく掘り下げながら解説していく予定です。