アジアの歴史

ハノイ・ヒルトン(ホアロー収容所)には誰が関わっていたのか?

ベトナム戦争中、北ベトナムのハノイ市内にあったホアロー収容所(Hỏa Lò Prison)は、米軍兵士たちから皮肉を込めて「ハノイ・ヒルトン」と呼ばれていました。この収容所は、撃墜されて捕虜となったアメリカ人や同盟国の兵士たちを収容していたことで広く知られています。

ハノイ・ヒルトンに関わった主な当事者

1. アメリカ合衆国

ベトナム戦争中に撃墜または捕虜となったアメリカ人のパイロット、航空乗員、その他の軍人がここに収容されました。中には、後に政治家として活躍したジョン・マケイン氏のように、数年間にわたり拘束された著名な人物も含まれています。

2. 北ベトナム(ベトナム民主共和国)

ハノイ・ヒルトンの設立、管理、運営を担当したのは北ベトナム政府です。北ベトナム軍(ベトナム人民軍)と看守たちは、捕虜の収容や待遇に直接関与していました。なお、この施設自体はフランス植民地時代に建設された刑務所であり、独立後は北ベトナム政権が引き継いだものです。

3. 同盟諸国

ハノイ・ヒルトンにはアメリカ人捕虜だけでなく、ベトナム戦争でアメリカと共に戦った同盟国の捕虜も収容されていました。具体的には、オーストラリア、タイ、フィリピンなどからの兵士が含まれます。

4. 国際機関および各国政府

捕虜の待遇改善と釈放に向けて、アメリカ、北ベトナム、中立国などを巻き込んだ国際的な取り組みや外交交渉が行われました。こうした努力は、最終的に1973年のパリ和平協定に基づく捕虜の帰還へとつながっていきました。